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留学して

Konica Minolta Medical Network No.273 No.2-2008

近畿大学医学部放射線医学教室 放射線腫瘍学部門 教授 西村恭昌

近畿大学医学部放射線医学教室 放射線腫瘍学部門
教授 西村恭昌

私は大学院で生物実験をしていた関係で、Kentucky大学の浦野宗保先生のところに留学できました。33歳の時です。浦野先生は、放射線生物学者としてMD Anderson CCやMGHなどで研究されていた先生で、ちょうどそのころKentucky大学に移られたところでした。

当時は遺伝子レベルの分子生物学的な研究が始められたころでしたが、私は留学の1年半の間、ひたすらアニマルコロニーでマウスの足に腫瘍を植えて、5mmぐらいに育ったところで、動物用のコバルト装置で1回から20回までの分割照射を行い、120日間観察してこれが何%治癒するかというTCD50の実験、あるいは急性皮膚反応やマウス下肢に対する晩期障害の実験を行いました。自分でがんを作って放射線で治すという、実にどろくさい実験です。1年半で約2500匹のマウスを使いました。

留学までの私の放射線治療経験は未熟なもので、この実験を通して、放射線でがんが治癒することを初めて体感しました。それまでは放射線で治るがんもあるなあとは思っていたのですが、線量さえ十分かければがんは100%制御できることを確信しました。

一方で、合計90-100Gyかけたマウスの下肢は120日後に観察すると溶けてなくなっており晩期障害の怖さも理解できました。数千匹のマウスのおかげで放射線治療に開眼したといっても過言ではありません。

また、日本での生活と違い留学中は考える時間があり、分割照射中に起こる再酸素化や急速再増殖、LQモデルに関する論文をたくさん読むことができました。これらをもとに論文を2つ書きましたが、それ以上にこの経験は帰国してからの臨床診療に役立ちました。

マウス実験そのものは実に単調な肉体労働で、気分転換にとゴルフを始めました。浦野先生ご夫妻が大のゴルフ好きで、週末は何度もご一緒させていただきました。Kentucky州は、ニックネームがBluegrass stateでそこらじゅう芝生です。Kentuckyダービーが有名でサラブレッドの育成が盛んですが、穴をほって旗をたてればゴルフ場ができるようなところです。おかげでパブリックの安いゴルフ場は10ドルぐらいで回れました。

週末だけでは足らず、実験が早く終わる日には浦野先生に許可をもらって平日の午後3時ごろから一人でゴルフ場に行き、知らないアメリカンと一緒に回りました。いつも最後に言われた言葉は、More practiceでした。サマータイムのありがたさを知ったのもこのためです。

帰国してしばらくは休日は子供と遊ぶのが楽しく、ゴルフはあまりしませんでした。しかし今や長女は大学生、留学中にアメリカで生まれた二女も高校3年生で一緒に遊べる歳ではなく、チャンスがあればゴルフをしています。特に研究会や学会のついでに全国各地でゴルフをするが大きな楽しみです。

もうひとつ浦野先生から学んだことがあります。浦野先生がInt J Radiat Oncol Biol Physに投稿した際、そのレフェリーのコメントに「英語が下手である」と書かれてあり、それに対する先生のコメントは「この雑誌はInternational Journalだから多少英語が下手でもたいした問題ではないだろう」と真っ向から反論されたことでした。それまでレフェリーのコメントには従うものと思っていたのが、論文を通すのはレフェリーとの闘いであることを学びました。

以上まったく個人的な経験ですが、留学は私の人生に大きな影響を与えてくれました。

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