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公開日2026.03.11

「一升びんの洗浄」から「中小企業の企画代行」へ。
京都の百二十年企業が挑む、大変革の舞台裏

京都の百二十年企業が挑む、大変革の舞台裏 京都の百二十年企業が挑む、大変革の舞台裏

※本記事は、2022年8月に発行されたコニカミノルタが提供する販促情報マガジン「ホンキにさせる販促術 vol.45」をもとに構成しています。掲載情報は取材時のものであり、閲覧時には変更されている可能性があることをご了承ください。

新規事業を軌道に乗せて停滞するビジネスの転換を図りたいが、一方で既存事業も容易には手放せない―。そんな多くの企業が抱えているであろう経営課題に対して、ほとんど180度とも言える大胆な変革により、新しい会社へと生まれ変わりながら成長し続けるのが京都市伏見区にあるシュンビン株式会社だ。

かつて一升びんの洗浄・販売を生業としていた企業が、いかにして「中小企業の企画部を代行する」会社になったのか。ぶれないビジョンに基づいて変革を主導する、代表取締役・津村元英氏に話を聞いた。

はじまりは「企画で困っている中小企業を助けたい」
という切実な思いから

―はじめにシュンビン株式会社の紹介をお願いします。

津村氏 私どもは「中小企業の企画部を代行する」を旗印として掲げる、クリエイティブ・カンパニーです。主に中小企業を対象に、ブランディングやコンサルティングといった領域から商品企画を支援。そこから派生するパッケージをはじめとする印刷物のデザインやWebサイトの制作、あるいは建築のデザインまで幅広い分野を手掛けています。

ただ、パッケージデザイン会社を経て現在の姿になったのは2012年以降のことで、かつては一升びんの洗浄・販売という事業を柱としていました。当社のある京都市伏見区というのはもともと酒蔵が多いエリア。古くはそんな酒蔵を顧客として、酒を入れる和樽を提供していたのです。その後、時代の移り変わりとともに和樽が一升びんへ変化。以降、酒蔵経由で市場に出回った一升びんを、再び酒蔵経由で回収してストック・洗浄して、また酒蔵へ販売する…というビジネスを長らく行ってきた歴史があります。

シュンビンのオフィス

京都市伏見区にあるシュンビンのオフィス。近隣には多くの酒蔵が軒を連ねる。

―その一升びん事業がいかにして現在のような姿へ変わっていったのでしょうか。

津村氏 先代の急逝を受けて、私が三代目の社長に就任したのが2001年のこと。当時、すでに一升びんの洗浄・販売事業は1年ごとに5%ずつ売上が下がっていくなど斜陽だったのですが、ちょうど私が社長になったタイミングでさらに売上がガクッと落ちる出来事がありました。一升びんに代わる、紙パック酒の登場です。

この紙パック酒の登場により一升びんの需要が一気に落ち込み、売上が2年で半減。廃業寸前にまで追い込まれてしまったのです。この危機を脱するために、当時私たちが考えたのがそれまでのようにただ「びんを売る」だけではなく、「自らデザインしたびんを売る」というアイデアでした。

そこから自らデザインしたびんを持って、北海道から沖縄まで全国1,000以上の会社へ飛び込み営業。すると、徐々に成果が出始め、なんとか経営危機を脱することができたのです。

―その後、パッケージデザインの領域へも進出されますね。

津村氏 はい。びんのデザイン事業が軌道に乗ったのを受けて、2007年には当社で初めてグラフィックデザイナーを採用。そこから酒びんだけでなく、さまざまな商品の箱や包装といったパッケージデザインまでを手掛けるようになりました。

当時、びんとパッケージをトータルでデザインしている会社はシュンビンだけだったこともあり、一定の評価を獲得できました。それが、2012年頃です。

シュンビンが手がけたパッケージデザイン

シュンビンが実際に手がけたパッケージデザインの一部

転機となった「ブランドが確立されている商品・サービスは売れる」という気づき

―経営危機にあった一升びんの洗浄会社がパッケージデザイン会社へ転身したというだけでも大きな変化かと思いますが、シュンビンはここからさらに変化されます。なぜでしょうか。

津村氏 実はこのようにびんの洗浄からデザインへ、びんのデザインからパッケージデザインへ…とビジネスを変化させてきた中で、私の頭の中には常にひとつの思いが芽生えました。それが、現在経営ビジョンになっている「中小企業の企画部を代行する会社」になりたいというものです。

はじまりは私たちが「シュンビンプロジェクト」と称し、びんのデザインに着手した2003年までさかのぼります。当時、自社でびんのデザインを始めたのですが、私たちはそれまで外向きに「ものを売る」という経験をしたことがなく、せっかく製品を作ったもののそれをどのようにしてお客様まで届ければいいのか皆目わからなかったのです。

そこで、コンサルタントや印刷会社、あるいはWeb制作会社などへ相談したのですが、各々が自分の専門領域に関するノウハウしか持ち合わせておらず、本当に親身となって相談に乗ってくれる会社にはついぞ出会えませんでした。このような経験がきっかけで「だったら我々自身がそのように困っている中小企業を支援する会社になればいいのでは」と考え始めるようになったのです。

中小企業の企画を代行する会社へ

―なるほど。現在の姿になった背景には、かつてのシュンビンが直面した課題があったのですね。ところで、「中小企業の企画部を代行する」会社となるまでのプロセスではブランディングとの出会いがカギとなったとのことですが。

津村氏 はい。パッケージデザインから商品そのものの企画へ移行したものの、当時のシュンビンは、もっぱらクライアントのクリエイティブの部分しか担ってきませんでした。「こういう商品を考えてください」と依頼を受け、そこから商品企画やデザインを作り、短いものでは3週間後に納品する。

そうなると短期的には売上が見込めるものの、翌年や翌々年はまったく読めない。我々も制作に必要な資材を仕入れているので、「お客様の商品が売れないと売上が見込めない」という状況に陥っていました。「これは本質的なビジネスではないな」と、思い悩みながら数々の商品企画を行っていたところ私はとある法則に気づきました。

それは、「ブランドがしっかりしている商品は売れる」というもの。そこから、商品・サービスのブランディングさえしっかりすれば売り上げが落ちることはないのではないか、と思うようになったのです。

実は当時、当社は「商品企画の担当者は商品企画だけ」、「Web制作の担当者はWebだけ」、「建築デザインの担当者は建築だけ」…と、それぞれが各々異なるクライアントと仕事をしている状況でした。そうなると例えば商品企画のクライアントに「Webサイトも作りませんか?」と提案しても、「他社で作っています」というケースも起こる。

せっかく多様なリソースをそろえながら、単発的でシナジーが生み出せていなかったのです。しかし、この点に関してもブランディングの考え方を取り入れることで、コンセプトを立てた一貫性のある提案ができるようになりました。

―一升びんビジネスからの脱却を図った2001年からの「第一変革期」、そしてパッケージデザインからの脱却を図った2012年からの第二変革期。それぞれにおける社員の方の反応はいかがでしたか。

津村氏 自社でびんのデザインをスタートさせた第一変革期に関しては、それまで一升びん事業に携わっていた高齢の社員がみんな辞めて、若い社員に入れ替わっていたタイミングだったこともあり基本的にはみんな賛成してくれました。

第二変革期に関しても、総論では賛成を得られたのですが、一方で当時パッケージデザイン会社としてある程度軌道に乗っていたこともあったので、「実際、何をどうするのか?」という各論の部分では反対、という状況だったと思います。

実際、「こういう方法で取り組めば成功できる」というセオリーがなかったので、悩みながら試行錯誤するしかありません。完成図は見えていたけど、そこにたどり着くプロセスがわからかなったわけですから、失敗もしましたし、社員は心配だったとは思います。ただ、最終的には第一変革期での成功があったので、私を信じてくれたのではないでしょうか。最終的に現在のかたちになったのが2017年ですから、5年ほどかかりました。

顧客の課題にコンサルティング領域から関わることで案件が増加。売上単価も数十倍に。

―「中小企業の企画部を代行する」会社となったことで得られた具体的な成果を教えてください。

津村氏 まず先ほどお話しした通り、それまで受注から納品まで数週間で終わってしまっていたお取引が、目に見えて伸びました。最近ではクライアントからお声がけいただき、納品するまでに10ヵ月ほどかかるようになりました。

当然、客単価も上がりました。正確な数字は出していませんが、数十倍になっているのではないでしょうか。金額としても間違いなく一桁は違いますね。
依頼の中にはクライアントが社運を賭けた一大プロジェクトのような案件も増えてきており、うれしい反面責任も増しましたね。

当社の場合はどんなクライアントであっても常に対等な立場の“パートナー”として向き合うよう心掛けています。パートナーだから、本音で話せ、時には反対意見も言う。もちろん、「クライアントから言われた通りにこなす」こともそれはそれで一つのスタイルですが、当社の場合はそのようなスタンスを貫くことで、結果的にクライアントからの信頼を得られていると感じています。

―「変わりたいけど変われない」とお悩みの経営者は多いと思います。シュンビンのように変革を遂げるために必要なものをひとつ挙げるとすれば、何だとお考えでしょうか。

津村氏 企業の経営課題は百社あれば百通りあり、あくまで一般論になりますが、やはり明確なビジョンを掲げることだと思います。当社の場合はそれが「中小企業の企画部を代行する」なのですが、もしもこのビジョンがなく損得だけだったらなかなか大胆には変われなかったはずです。「こうなりたい」というビジョンを掲げないと行動になりませんからね。

例えば当社も変革の過程において、「印刷機を買おうか?」という発想が持ち上がったこともありました。でも、すでにビジョンがあったので「それは違うんじゃないの?」と軌道修正できた。ですから、まずビジョンを作る。そして、世の中のトレンドを見定め、上昇気流に乗っている事業と自社の強みをいかにリンクさせるか。それが重要だと思います。

津村氏

「必要なのは顧客が自発的にイノベーションを起こせるような支援」と語る津村氏

コロナ禍による売上95%減から、ヒット商品開発でV字回復!
「恐竜発掘プリン」(いのうえ株式会社/福井県永平寺町)

CASE STUDY

―シュンビンへの依頼の経緯を教えてください。

豊西氏 クライアントは福井県の名刹・永平寺の門前でみやげ物店と越前そばとソースカツ丼を提供する飲食店を経営する企業です。永平寺観光の一等地で半世紀以上にわたって安定した経営を続けてきたのですが、2020年4月~5月の新型コロナウイルス感染症に伴う緊急事態宣言により、観光客が激減。永平寺には年間50万人ほどの観光客が訪れるのですが、そのうち95%が福井県外からの観光客だったこともあり、客足が一気に途絶えて一時的に経営危機に陥ってしまったのです。

このような状況下、クライアントから「越前そばのEC通販を始めたい」という相談を受けたのがはじまりでした。

―「そばのECを始めたい」という依頼が、どのような経緯で「プリン」へ変わったのでしょうか。

豊西氏 改めて調べてみると、そばの通販は競合も多く「簡単ではない」ということが見えてきました。では、なぜ「プリン」だったかというと、ひとつは福井県にはここ数年のトレンドとなっている“ご当地プリン”がほとんどありませんでした。やはり、競合がいないところを狙うのはセオリーです。

もうひとつは、実はちょうど同時期にクライアント社内で『永平寺だるまぷりん』という商品開発が進んでいましたが、そちらは実店舗で販売するための商品でした。そこで、「せっかくプリンを作るなら、違うチャネルでも売れるような商品を作らせてください」と事業計画書を作ってクライアントへ提案した、というのが経緯です。

―プリンの中に恐竜型のチョコレートが隠されているという商品そのものだけでなく、さまざまなギミックがある商品です。

豊西氏 はい。プリンを食べる前後でも、楽しんでいただけるようWebサイトにもいろいろな仕掛けが施されています。『恐竜発掘プリン』は3個入り(リアル)と6個入り(オンライン)の2商品があるのですが、6個入りを購入していただいたお客様にはパッケージに特別なパスワードを付与。それを使ってWebサイトからログインすることで、アプリを使うことなくARフォトフレームが楽しめます。もちろん、これらはECでのリピート購入を促進するためのアイデアでもあります。

―発売以降、大きな反響があるようですが手ごたえはいかがですか。

豊西氏 概算ですが発売から10か月で3,000万円ほど売れているそうです。実店舗のある福井県立恐竜博物館が現時点(2022年6月24日)ではまだ完全予約制であったり、まだまだ制約下での販売が続いていますが、今後規制が解除されコロナ禍以前の状況に戻れば、実店舗とECの相乗効果によりもっと伸びるのではないかと期待しているところです。

その他にも、SNSのインフルエンサーを活用したライブコマースや、海外のデパートの催事に出品する計画も進んでおり、今後の展開も楽しみです。

仕掛けのあるパッケージとWebサイト

さまざまな仕掛けのあるパッケージとWebサイト

― 津村氏、豊西氏、ありがとうございました!

シュンビン株式会社 代表取締役 津村元英

シュンビン株式会社 代表取締役

津村 元英

Profile:1966年、京都府生まれ。2001年、二代目である父の急逝を受けて、代表取締役に就任。1900年の創業以来、祖父、父の2代にわたり柱としてきた一升びんの洗浄・販売事業の大幅な縮小という創業以来の危機を転機として、パッケージデザインや商品開発といった新たな領域へ進出。「中小企業の企画部を代行する」という強固なビジョンと、クライアントと真のパートナーとして向かうスタンスにより、多くの実績と信頼を積み重ねている。

Profile:1966年、京都府生まれ。2001年、二代目である父の急逝を受けて、代表取締役に就任。1900年の創業以来、祖父、父の2代にわたり柱としてきた一升びんの洗浄・販売事業の大幅な縮小という創業以来の危機を転機として、パッケージデザインや商品開発といった新たな領域へ進出。「中小企業の企画部を代行する」という強固なビジョンと、クライアントと真のパートナーとして向かうスタンスにより、多くの実績と信頼を積み重ねている。

シュンビン株式会社 プロデューサー 豊西孝栄

シュンビン株式会社 プロデューサー

豊西 孝栄

Profile:1986年、京都府生まれ。株式会社伊藤園、カタリナマーケティングジャパン株式会社を経て、2019年春に京都に戻り、シュンビン株式会社に入社。プランナーを経て、現在に至る。

Profile:1986年、京都府生まれ。株式会社伊藤園、カタリナマーケティングジャパン株式会社を経て、2019年春に京都に戻り、シュンビン株式会社に入社。プランナーを経て、現在に至る。

編集後記

一升びんの洗浄・販売を手掛けていた会社が、いったいどういう経緯で「中小企業の企画部を代行する」会社になったのか。取材前にあった疑問は津村氏の話に耳を傾けるにつれ、見事に氷解。最後には「変わるべくして変わった」と思えるほど腹落ちできました。背景にあったのは「こうなりたい」という津村氏が長年温めていた一貫した思いでありビジョン。20年にわたるシュンビンの変革のプロセスには、「変わりたい」と願うすべての企業に向けたたくさんの示唆があるような気がしました。

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