原理/知識
マルチスペクトルカメラとは?
見えない情報を可視化する画像解析技術
マルチスペクトルカメラは、人の目や一般的なカメラでは捉えられない情報を可視化できる技術として、農業や食品、製造業、インフラ点検など幅広い分野で活用されています。
しかし、「ハイパースペクトルカメラとの違いが分からない」「どのような用途に適しているのか知りたい」と感じている方も多いのではないでしょうか。
本記事では、マルチスペクトルカメラの仕組みや活用事例、RGBカメラやハイパースペクトルカメラとの違いを分かりやすく解説します。導入を検討する際のポイントもあわせてご紹介します。
マルチスペクトルカメラとは?基本概念と仕組み
マルチスペクトルカメラは、一般的なカメラでは捉えることのできない光の波長を観測できる特殊な撮影機器です。私たちの目は赤と緑と青の3色しか認識できませんが、世の中にはそれ以外の光も多数存在しています。それらの見えない光をデータとして取得することで、対象物の状態を詳細に把握できるようになります。
ここでは、具体的な定義と仕組みについて説明いたします。
| 内容 | 補足事項 | |
|---|---|---|
| 可視光線 | 人間の目で見ることができる光 | 赤や緑や青などが該当 |
| 近赤外線 | 人間の目には見えない波長の長い光 | 植物の活性度などの確認に利用 |
| 紫外線 | 人間の目には見えない波長の短い光 | 物質の特定の反応を捉える際に利用 |
マルチスペクトルカメラの定義
マルチスペクトルカメラは、可視光線に加えて近赤外線や紫外線など、複数の特定波長帯域を同時に撮影できるカメラのことです。通常のカメラは限られた波長のみを記録する機器として作られています。しかし、この特殊なカメラは数バンドから10数バンド程度の特定波長を切り分けて取得できる仕組みを持っています。人間の目には同じ色に見える2つの物質でも、反射する不可視光の強さが異なる場合があります。
この反射率の違いを数値データとして捉えることで、異なる物質として正確に識別することが可能になります。
マルチスペクトルカメラが光を分ける仕組み
光を特定の波長ごとに分けるための仕組みには、いくつかのアプローチがあります。代表的なものとして、特定の光だけを通すフィルターを回転させる方式が挙げられます。また、光を屈折させるプリズムを利用して波長を切り分ける技術も古くから活用されてきました。
近年は技術の進歩により、センサーそのものに微細なフィルターを組み込む方式が広く普及しつつあります。従来のように大型の分光器を外付けする必要がなくなり、機器のコンパクト化が進んだことで、現場への導入ハードルが下がり、活用の幅が広がっています。
マルチスペクトルカメラの主要な用途と活用分野
マルチスペクトルカメラは、人の目では捉えられない情報を数値化できる技術として、すでにさまざまな産業分野で活用されています。特に広い範囲の観測が必要な分野や、目視検査の限界に直面している現場での導入が進んでいます。
ここでは、代表的な4つの活用分野について詳しく解説いたします。
| 活用される分野 | 主な対象物 | 取得・把握できるデータの例 |
|---|---|---|
| スマート農業 | 農作物の葉や土壌 | 光合成の活発さや肥料の過不足 |
| 製造業・工業 | プリント基板や部品 | 内部の配線状態や欠陥の有無 |
| 食品製造業 | 食品の原料や加工品 | プラスチック片などの異物混入 |
| インフラ点検 | コンクリート構造物 | 内部の水分分布やひび割れ |
スマート農業での活用
農業分野では、作物の生育状態を広範囲に把握するために活用されています。目視での確認には多大な時間がかかりますし、個人の経験によって判断が分かれてしまうことも少なくありません。そこでドローンに専用のカメラを搭載して上空から広大な畑を撮影する手法が注目を集めています。
植物が反射する近赤外線を分析することで、光合成の活発さを示す正規化植生指数という数値を算出できます。この数値を用いることで、肥料が不足している場所や病害虫の兆候を早期に発見しやすくなります。経験や勘に頼っていた農業をデータに基づいた効率的なものに変える、非常に有用なアプローチだと言えます。
工業製品の非破壊検査
製造業の現場では、製品を壊さずに内部の欠陥や状態を調べる非破壊検査に用いられています。外観からでは分からない異常を見つけることは、品質を維持するうえで重要な課題です。
例えばプリント基板の検査において、可視光線と近赤外線を同時に撮影する手法が導入されています。これにより、表面の部品だけでなく、内部に埋め込まれた配線の状態まで確認できる可能性があります。不良品が後工程に流れるのを防ぐだけでなく、検査そのものの自動化にも大きく貢献しています。人手不足が深刻な製造現場において、検査の自動化は検討すべき重要なテーマです。
食品工場での異物混入検査
食品の安全性を守るための検査工程でも、このカメラ技術が活躍しています。人間の目や通常のカメラでは見分けるのが難しい、食品と同系色のプラスチック片や虫の混入は厄介な問題です。これらの異物を、光の反射率の違いを利用して明確に識別し、自動で取り除くシステムが実用化されています。
通常のカラー画像では背景と同化してしまう異物でも、特定の波長では黒く浮かび上がって見えることがあります。これにより、目視検査の限界を超えた品質管理を実現できるのです。消費者へより安全な食品を届けるための、強力なサポートツールとなっています。
インフラ点検と環境モニタリング
老朽化が進む橋や道路などのインフラ点検においても、新しい点検手法として期待されています。表面からは見えないコンクリート内部の水分量や、微細な亀裂を検出するために利用されています。重大な事故が起きる前に危険な箇所を特定し、適切なメンテナンスを行うために役立てられています。
また、森林の伐採状況や水質汚染の調査など、広大な自然環境のモニタリングにも力を発揮しています。広範囲の環境変化を定期的に数値データとして記録できるため、持続可能な環境保全の計画立案において重要な技術となっており、社会の安全と環境を守る裏側でも見えない光のデータが活躍しています。
マルチスペクトルカメラとハイパースペクトルカメラの違い
マルチスペクトルカメラの特徴を理解するためには、一般的なRGBカメラやハイパースペクトルカメラとの違いを知ることが重要です。
まず、一般的なRGBカメラは、赤(Red)・緑(Green)・青(Blue)の3つの波長情報を取得し、人間の目で見える色を再現することに特化しています。そのため、写真撮影や記録用途には適していますが、人の目では見分けにくい物質や状態の違いを判別することは得意ではありません。
一方、マルチスペクトルカメラは、可視光に加えて近赤外線などの不可視光も含めた複数の波長情報を取得できます。これにより、RGBカメラでは同じ色に見える対象物でも、波長ごとの反射特性の違いから異なる物質として識別できる場合があります。
さらに、より多くの波長情報を取得できるハイパースペクトルカメラを活用することで、異物の種類や成分、材質の違いまで詳細に分析することが可能になります。
ここでは、RGBカメラ・マルチスペクトルカメラ・ハイパースペクトルカメラの違いと、それぞれに適した用途について解説します。
| カメラの種類 | 取得波長帯域の数 | 主な用途 |
|---|---|---|
| RGBカメラ | 3バンド(赤、緑、青) | 一般的な写真撮影、外観検査 |
| マルチスペクトルカメラ | 数バンドから数10バンド | 広域な植生調査、地球観測 |
| ハイパースペクトルカメラ | 数10バンドから数100バンド | 詳細な成分分析、異物検査 |
波長分解能(バンド数)の違い
マルチスペクトルカメラとハイパースペクトルカメラの決定的な違いは、光をどれだけ細かく分割して捉えるかという「波長分解能(バンド数)」にあります。
マルチスペクトルカメラが、特定の目的(植生の活性度や特定の異物検出など)に合わせて数個〜十数個の離れた波長をピンポイントで捉えるのに対し、ハイパースペクトルカメラは、数10から数100もの非常に細かい波長を隙間なく連続的に取得します。これにより、マルチスペクトルカメラでは見逃してしまうような、ごくわずかなスペクトルの変化まで捉えることが可能です。
ハイパースペクトルカメラで実現できることに関する詳細は以下よりご参照ください。
データ量と処理の複雑さの違い
ハイパースペクトルカメラは膨大な数のバンドを記録するため、取得されるデータは「ハイパースペクトルデータキューブ」と呼ばれる、非常に重く複雑なものになります。この解析には高度な計算能力と専門的なソフトウェアが求められるため、リアルタイムな処理には向かないケースもあります。
一方でマルチスペクトルカメラは必要な波長データのみに絞っているため、データ量が比較的軽量です。そのため、ドローンへの搭載や工場のインライン検査など、即時性が求められる現場での運用に適しています。
マルチスペクトルカメラで十分なケースとハイパースペクトルカメラが必要なケース
マルチスペクトルカメラとハイパースペクトルカメラは、どちらが優れているという関係ではなく、目的に応じて使い分ける技術です。
大きな違いは取得できる波長情報の量であり、それによって適した用途が異なります。
【マルチスペクトルカメラで十分なケース】
対象物の異常の有無を確認したい場合や、植物の生育状況などの大まかな傾向を把握したい場合に適しています。
・異常の有無を検知したい
・植生の健康状態や活性度を把握したい
・広範囲を効率よく監視したい
・リアルタイム性を重視したい
【ハイパースペクトルカメラが必要なケース】
より詳細な分析や、異常が見つかった後の原因特定が必要な場合に適しています。
・異常の有無を検知したい
・植生の健康状態や活性度を把握したい
・広範囲を効率よく監視したい
・リアルタイム性を重視したい
ハイパースペクトルカメラは、数十〜数百の連続した波長情報を取得できるため、成分や材質レベルでの詳細な分析が可能になります。
ハイパースペクトルカメラの仕組みや原理、導入メリットに関する詳細は以下よりご参照ください。
マルチスペクトルカメラとハイパースペクトルカメラの役割の違い
マルチスペクトルカメラとハイパースペクトルカメラは競合する技術ではなく、目的に応じて使い分ける技術です。
マルチスペクトルカメラは、少ない波長情報を効率的に取得できるため、広範囲から異常箇所を素早く見つける用途に適しています。
一方、ハイパースペクトルカメラは、より詳細な波長情報を取得できるため、異常が発生した原因や対象物の成分を特定する用途に適しています。
| カメラの種類 | 主な役割 | 得意なこと |
|---|---|---|
| マルチスペクトルカメラ | 異常を「見つける」 | 異常検知、監視、生育状況の把握 |
| ハイパースペクトルカメラ | 異常の「原因を特定する」 | 成分分析、材質判別、異物識別 |
例えば食品工場では、マルチスペクトルカメラで異物混入の可能性がある箇所を検出し、その後ハイパースペクトルカメラで異物の種類や材質を特定するといった活用も可能です。農業分野でも、マルチスペクトルカメラで生育不良エリアを発見し、ハイパースペクトルカメラで栄養不足や病害の原因を解析する使い分けが行われています。
このように、マルチスペクトルカメラは「異常を見つけるためのスクリーニングツール」、ハイパースペクトルカメラは「異常の原因を分析するための解析ツール」と考えると違いを理解しやすいです。
導入コストと実用性の違い
ハイパースペクトルカメラは、その精密さゆえに光学系やセンサーが非常に高価でありシステム全体で数百万円から、高性能なものでは数千万円規模に達することもあります。主に大学の研究室や企業のR&D部門での精密な成分分析などに用途が限られます。
対してマルチスペクトルカメラは、構造を簡略化できるため、ハイパースペクトルカメラに比べれば安価に導入が可能です。実用的なコストと、解析に必要なデータ量のバランスに優れているため、農業、インフラ点検、リサイクル選別といった幅広い産業分野で社会実装が進んでいます。
マルチスペクトルカメラを導入するメリットと課題
新しい技術を現場に導入する際は得られる恩恵だけでなく、乗り越えるべきハードルも正しく把握しておく必要があります。マルチスペクトルカメラは非常に有用なツールですが、すべての状況において万能というわけではありません。
ここでは、導入によって得られるメリットとあらかじめ考慮すべき課題について整理します。
メリット
| 具体的な内容 | 現場に与える影響 |
|---|---|
| 人間の目では見えない情報の取得 | 検査の属人化を防ぎ精度を向上させる |
| 非破壊での内部状態の把握 | 製品を壊すことなく高い品質を担保できる |
課題
| 具体的な内容 | 現場に与える影響 |
|---|---|
| 機器の導入にかかる初期費用 | 費用対効果を事前に試算する必要がある |
| データ処理システムの構築 | 解析ソフトや専門人材の確保が求められる |
人間の限界を超える高精度なデータ取得
マルチスペクトルカメラの大きなメリットは、人の目では捉えにくい微細な異常を数値データとして客観的に検出できることです。熟練した検査員でも見落とす可能性がある変化を光の波長情報をもとに判断できるため、検査精度の向上につながります。
また、従来は検査員の経験や感覚に依存していた判断を明確な数値基準で統一できる点も特長です。これにより、検査結果のばらつきを抑えながら、品質の安定化や業務の標準化を進めやすくなります。
さらに、対象物に直接触れることなく、離れた場所から検査できることも大きな利点です。衛生管理が求められる食品工場や、人が立ち入りにくいインフラ点検の現場でも、安全かつ効率的にデータを取得できます。
作業者の負担を軽減しながら、より高精度な検査や状態把握を実現できることは、マルチスペクトルカメラならではの価値といえるでしょう。
導入にかかるコストとデータ処理の複雑さ
一方で、マルチスペクトルカメラの導入にはコストやデータ活用に関する課題もあります。
まず、一般的なカメラと比べて機器価格が高くなりやすい点です。用途に応じたフィルターや専用センサーが必要となるため、導入時には一定の初期投資が求められます。
また、取得した画像データはそのままでは十分な価値を発揮できません。波長ごとの情報を専用ソフトウェアで解析し、意味のあるデータへ変換することで初めて活用できるようになります。
そのため、カメラの導入だけでなく、データ解析を行うためのソフトウェアや運用体制の整備も重要です。場合によっては、解析に関する知識を持つ人材の確保や、使いやすいシステムの構築も必要になります。
マルチスペクトルカメラを効果的に活用するためには、機器単体ではなく、データ取得から解析・運用までを含めたシステム全体として導入計画を検討することが重要です。
用途に応じたカメラ選びが重要
マルチスペクトルカメラは、可視光だけでは捉えられない近赤外線や紫外線などの情報を取得し、対象物の状態を可視化できる技術です。農業における生育管理、食品工場での異物検査、製造業での非破壊検査、インフラ点検など、さまざまな分野で活用が広がっています。
また、マルチスペクトルカメラは「異常を見つける」ことを得意とする一方で、異常の原因や成分まで詳しく分析したい場合には、より多くの波長情報を取得できるハイパースペクトルカメラが適しています。
重要なのは、どちらが優れているかではなく、目的に応じて適切な技術を選択することです。広範囲を効率よく監視したいのか、成分や材質まで詳しく解析したいのかによって、最適なカメラは異なります。
導入を検討する際は、まず「何を検知したいのか」「どこまで分析したいのか」を明確にした上で、自社の用途に合ったシステムを選定することが重要なポイントになります。
マルチスペクトルカメラとハイパースペクトルカメラのどちらが適しているかは、検知したい対象や求める分析レベルによって異なります。
コニカミノルタでは、Specim社のハイパースペクトルカメラを活用し、サンプル評価から用途検討、インライン検査への応用提案まで幅広くサポートしています。
「自社の検査対象にどちらの技術が適しているのか分からない」「目的の対象物を実際に検出できるか確認したい」といった場合は、ぜひお気軽にご相談ください。

























