パルスオキシメーター知恵袋 基礎編

パルスオキシメーターの歴史

パルスオキシメーター前夜

血を抜くことなく、連続的に酸素飽和度を測定するイヤーオキシメーターという機器は、パルスオキシメーターが誕生する以前から存在していました(Millikanは1940~42年、Woodは1949年)。しかし、それらは、事前に耳を圧迫したり測定中に耳を温めたりといった、面倒で患者に負担のかかる操作が必要であり、装着して直ぐには測ることができませんでした。またプローブがずれると誤差を生じ、ふたたび耳を圧迫して機器を調整することが必要でした。そのため、イヤーオキシメーターは広く普及するには至りませんでした。

パルスオキシメーターが世の中に登場する少し前に(1970年代)、ヒューレットパッカード社が多波長(8波長)を用いることにより、事前の調整が不要なイヤーオキシメーターの改良型を発売しましたが、やはり測定中に耳を温めることが必要で、確実に高い精度で測ることには難点がありました。また、耳に装着するプローブが相当大きな(5cm角程度)ものでした。
1974年、「動脈血は血管内で脈動する」という事実に基づき、生体を透過した光の変動を利用することで、誰でも簡単に確実に、患者の負担・リスクも殆どなく、装着して直ぐに酸素飽和度を測ることが出来る、パルスオキシメーターの原理が日本で生みだされました。

1974年3月29日、日本光電工業株式会社の青柳卓雄氏らにより、パルスオキシメーターの原理に関する特許「光学式血液測定装置」が出願され、それに遅れること1ヶ月弱の1974年4月24日、パルスオキシメーターの開発を独自に進めていたミノルタカメラ(現コニカミノルタ)より、「オキシメーター」の特許出願がなされました。

世界に先駆け指先型パルスオキシメーターを発売


パルスオキシメーターと言えば、指先に洗濯ばさみのようなものを挟む医療機器というイメージが定着しています。指先に挟むだけで簡単に測定できること、指先の測定は安定した測定をするための条件に優れていることが、パルスオキシメーターの普及に貢献をしたことは間違いありません。
この指先で測定するパルスオキシメーターを世界で初めて商品化したのは、当時のミノルタカメラ(現コニカミノルタ)です。
1974年の特許出願の後、1975年に日本光電より「イヤーオキシメーターOLV-5100」という名称でパルスオキシメーター1号器が製作されました。「イヤーオキシメーター」は耳で測定する方式で、10台程度が医療現場で試用されました。

一方、ミノルタカメラは1977年に、指先測定型として世界で最初のパルスオキシメーター商品化(オキシメーターOXIMET MET-1471)に成功しました。ミノルタカメラはOXIMETの商品化以降、現在まで途切れることなくパルスオキシメーターの開発、製造、販売を続けております。
パルスオキシメーターの技術・商品は日本で生まれましたが、本格的に臨床で使用されたのはアメリカにおいてでした。ミノルタカメラがアメリカにパルスオキシメーターを持ち込みましたが、アメリカのバイオクス社・ネルコア社がその技術を改良し、麻酔中のモニターとしてパルスオキシメーターが定着しました。1980年代の半ばには、バイオクス社・ネルコア社の製品が日本に逆上陸、日本光電・ミノルタカメラを交えた競争が始まり、日本でのパルスオキシメーター市場も本格拡大を開始しました。

パルスオキシメーターの高品質、小型化


患者の呼吸状態は、動脈血を採血して血液ガス分析をしたり、チアノーゼの有無を目で見て判断することにより、従来管理されていました。パルスオキシメーターは、連続的にしかも患者に負担をかけることなく動脈血の酸素化状態をモニターできるため、意識のない患者や苦痛を訴えることができない患者の呼吸状態の監視に有用であることが認められ、手術室、ICU、内視鏡検査などにおける患者の呼吸モニターとして急速に浸透していきました。

ミノルタカメラはパルスオキシメーターを小型化することで、手術室以外での呼吸器疾患の検査、訪問看護などにも用途が拡がると考え、1986年に小型のパルスオキシメーターを発売しました。
体積、重量は従来の約1/10になり、容易に持ち運べるようになったため、呼吸器病棟での病状の比較的安定した患者のスポットチェック、在宅酸素療法患者の訪問看護における呼吸状態の観察・生活拡大のための動作訓練時の状態観察・酸素療法指導管理、救急車による搬送時の呼吸モニターなど、大幅にその用途が広がって行きました。
1992年には、さらに体積を1/3、重量を1/2とした、単3アルカリ電池4本で24時間の動作が可能な、ハンディなパルスオキシメーターを発売しました。ポケットに入るサイズになったことで女性の看護師でも楽に携帯でき、低価格化を実現したこともあって、呼吸器疾患患者のスポットチェック、歩行試験、訪問看護、慢性呼吸不全患者の日常生活時のSpO2 観察など、今まで以上に活用されるようになりました。24時間分のSpO2 や脈拍数をメモリカードに記憶できますので、在宅酸素療法導入予定の患者や、導入後の患者の状態を行動とともに記録し、そのデータをもとに、より適切な酸素投与量を決定することが広くできるようにもなりました。

使用用途が拡大した90年代後半


1994年に指先一体型パルスオキシメーターが、1997年に腕時計型パルスオキシメーターが発売され、小型化が進展する事で病棟での普及が進むとともに、在宅酸素療法、救急医療、訪問看護などの用途が急速に広がっていきました。
重さを殆ど意識することなく携帯できるようになったパルスオキシメーターを使用して、医師や看護師、あるいは検査技師の方々が、訪問看護、回診、歩行試験で患者のSpO2 を頻繁にチェックし、それを患者指導に活かし始めました。大幅な価格の低下もあり、パルスオキシメーターによる指導を受けている患者(特に在宅酸素療法が適応されている患者)自身が退院後にパルスオキシメーターを購入し、医師の指導の下での自己管理に活かされるようになりました。

またメモリを内蔵したパルスオキシメーターの登場により、慢性呼吸器不全患者の腕に装着して睡眠時のSpO2 を測定、記憶することができ、夜間の低呼吸や睡眠時無呼吸症候群のスクリーニングなども簡便に行えるようになりました。

21世紀に入り、低価格なパルスオキシメーターも市場に登場し始めました。コニカミノルタも高品質かつ低価格な一体型パルスオキシメーターを販売したことで、病院内外の使用が一気に拡大し、インターネットの普及も合わせて、個人ユーザー市場も生まれてきました。
2003年2月、山陽新幹線で運転手の居眠り運転事故が発生。運転手がSAS(睡眠時無呼吸症候群)に罹患していたことから、交通や物流業界を中心に、SASの早期発見の手段としてパルスオキシメーターによるスクリーニングが急速に発展し、腕時計型メモリ機とその後継機が広く使われるようになりました。

更なる市場の広がり

パルスオキシメーターの認知度が急速に広まるにつれ、小型パルスオキシメーターを製造するメーカーが2005年頃より急速に増加しました。
パルスオキシメーターの価格も更に個人でも購入しやすい価格にまで下がってきています。
コニカミノルタは、当初から医師、看護師、患者に安心して使っていただけるよう、一貫してパルスオキシメーターの性能・信頼性に重点をおいており、2009年7月、指先型で軽視されがちであった耐衝撃性を高め、長く安心して使っていただける指先一体型パルスオキシメーターを発売しました。

コニカミノルタ パルスオキシメーターの歴史

コニカミノルタ パルスオキシメーターの歴史

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