現在地:
コニカミノルタ 日本
コニカミノルタプラザ
展示スケジュール
2013年8月の展示
髙塚陽一 写真展「川の記憶 ~ヒロシマ 今も忘れない~」
content

髙塚陽一 写真展「川の記憶 ~ヒロシマ 今も忘れない~」

展示内容の詳細


作者コメント

広島は川の街である。
母なる川、太田川から分かれたそれぞれの流れの中に、広島の街はつくりあげられてきた。
あの日、1945年8月6日も、いつもと変わらぬ流れの中に、広島の街はその日常を繰り返すはずだった。
しかし、原爆という人為的狂気がその日常を破壊した。
あの日から68年が経とうとしているが、広島の街は、復興どころか今やその発展は頂点に達し、あの日を思い起こすものは、街の中心に位置する平和公園(原爆ドーム)にのみ限られているかのように感じられる。
しかし、広島の人々は今も忘れていない。あの日、あの時、苦しみつつ、水を求め息絶えた一人ひとりの悲劇を。
広島の街の片隅にある様々な慰霊の碑に、必ず添えられている水。 ガラスコップに入った水、ペットボトルに入った水。その添えられた水への思いはみな同じ。灼熱地獄の中で一滴の水を求めて死んでいった一人ひとりに「苦しかったでしょう。どうか飲んでください!」という慰めの思いがそこにある。
あの日、多くの人々が川に入った。それはその場所から逃げるためだけではない。灼熱地獄から何とか逃れようと、熱する体を冷まそうと、入水したのである。 だが、そのほとんどがその場で息絶えた。
いつもと変わらぬ流れの中で、人々の日常の中にあった川は、その人々の遺体で埋め尽くされた。
被爆し、その体に大きな傷を受けた者、意識のない者、死んでしまった者。そんな人々を乗せ、舟は川を下った。
その先の似島へ。そして、広島と向き合うような小さな島が、多くの人々の終焉の地となった。
一方、広島の街では、おびただしい遺体を荼毘に付すため、あちらこちらに仮の火葬場ができた。
遺骨は、川岸に集められ、埋められ、墓標が建てられた。
その日も広島の川は、いつもと変わらぬ流れをとめることはなかった。
68年が経とうとしている今も、そしてこれからも、広島の川は、あの日のヒロシマを記憶にとどめつつ、今の広島の街のただ中に存在し続けるであろう。

作者プロフィール

髙塚陽一(たかつか・よういち)

1962年神奈川県生まれ
1986年同志社大学卒業、写真家児島昭雄氏に師事、新居高行写真事務所勤務
現在日本キリスト教団相武台教会(相模原市)牧師
1978年個展「ふれあいを求めて」川崎市民ギャラリー
2005年個展「光と影の軌跡 60年目のひろしま」新宿ニコンサロン
2007年個展「路上の賢人」 新宿ニコンサロン
2009年個展「囲人」新宿エプサイト2
2009年個展「過ぎ去りゆく時 ひろしま ~被爆建造物のいま~」コニカミノルタプラザ

展示作品

モノクロプリント 小全紙 約40点


アクセス

アクセス
〒160-0022
東京都新宿区新宿3-26-11
新宿高野ビル4F
JR新宿東口、地下鉄丸の内線「新宿駅」A7出口から徒歩1分(フルーツの新宿高野4F)
開館時間 10:30~19:00
(最終日は15:00まで)
twitter コニカミノルタプラザ @konicaminoltapl Facebook ページ USTREAM コニカミノルタプラザ YouTube コニカミノルタプラザ チャンネル

ページトップへ戻る