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大倉将則 写真展

展示内容の詳細


作者の撮影ノートより

新たな試み

病気と無縁だった私が脳梗塞で倒れたのは10年前のことだ。
幸い日常生活が送れるようになったものの、内心、お先真っ暗な自分に「できる範囲でかまわないから」とデスクワークを与え、手をさしのべてくれたのが写真家の土田ヒロミ氏だった。
再び写真に関わる仕事に就けたことが、大袈裟な言い方かもしれないが、人生を支えてくれた。
その頃、写真業界は、フィルムからデジタルへと変貌を遂げようとしていた。
フィルムに魅せられ、技術を身につけ、曲がりなりにもメシを食ってきた自分であったが、デジタルへの移行になんの抵抗感も違和感もなかった。
むしろ、嵩張るフィルムを持ち歩くことなく、思うままに写真が撮れるというデジタルの特性は、体の一部の機能や体力を失った私には、光明だった。
撮影後の現像にしても、かつて暗室でやっていたようなことを明るいモニターの前でやればいい。
こうして、私はフィルムからデジタルへ移行した。

最も印象に残ったこと

リハビリで家のまわりを歩くとき、花や町の風景を2年ほど撮った。
どれも以前撮っていたようなアクティブな動きのある写真とはかけ離れていて、つまらなかった。動くものが撮りたかった。
しかし、後遺症のせいで人混みやスピードのあるものに適応できない。
「もしかしたら」と、ファインダーを覗いて人混みに入ってみると少し落ち着けた。ならば、リハビリを兼ねて人混みを撮りに行こうと決めた。
病気をしてから9年目に入ろうとしていた。
人が蠢き、点在し、光とともに風景の一部となって完成された絵をなす時。その瞬間を切り取る。面白かった。
体は撮った時の空気や感情を覚えているから、撮影後すぐに写真を選ぶのは避けた。仕事やリハビリを終え、頭や体が疲労した状態こそ適していた。冷静に光景を選び、息吹を吹き込むように仕上げた。

病気をきっかけに、雪の中に埋もれ、ずっとずっと咲けない自分がいた。
写真展をPRIMROSE(春に一番先に咲く花)と名付けた。

今後の作品制作について

撮影にあたって、直感的にベストポジションがわかっても、後遺症が残っている自分の体ではそこまで行けない場合がある。行ったとしても戻って来られない。
当初は、その情けなさや悔しさに苛まれ、地団駄を踏んだりもしたが、青い空のもと風に吹かれていると、そんなマイナス感情に支配されている時間の方が惜しいと思うようになった。
シャッターを押している自分は、紛れもなく満たされている。
フィルムの頃は、正直、経済的な理由でシャッターを押すことを躊躇したこともあった。
しかし、デジタルなら思いのままにシャッターを切ることができる。しかも、選んだ写真を最後まで、画家が絵を描くような心もちで、作品として仕上げることができる。
行けない所に行きたいと渇望するよりも、今居る場所で精一杯足掻いて、写真を撮り続け、選んだ光景の一点一点を丁寧に仕上げていきたい。
それを自らの証として。

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