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武藤弘司 写真展

展示内容の詳細


作者の撮影ノートより

撮影の前に

2004年の頃は報道写真家を目指していて、パキスタンのクエッタからアフガニスタンのカンダハルへ単独潜入を試みたが、結局入国はしなかった。
自分の弱さやふがいなさも感じ、日本に帰国後はボクシングを始めた。
少しでも本当の強さを手に入れたいという思いと、自信に繋がると直感的に思えたからだ。
世界や自分を深く見つめるうちに、自分なりの視点でマイペースでもいいから、写真を撮り続けることを決意した。
そして、長期の撮影旅に出かける前は、日本でのボクシングトレーニングが欠かせなくなった。
その後もボクシングは続け、8年になる。
長期の撮影旅には、体力と気力と反射神経と予測する力が必要だからである。
他にも理由のひとつに縁起担ぎがある。
「これだけ日本でトレーニングを続けたのだから、今回も無事に帰国できるし、いい写真も撮れる」という思いである。
お蔭で大きな事故や事件に巻き込まれることなく、長期の撮影旅を繰り返し、現在に至っている。

最高の出来事

今もずっとポジフィルムを使い続けている。
フィルムはかさばるし、重い。
発展途上国での税関のゴタゴタもある。
苦労して撮り終え、日本で現像して、はっきりと自分にぴったりの写真が撮れているのがわかった時は最高だ。
旅に集中できる反面、失敗しても撮り直せないこともあるが、それが写真の潔さと感じるのはフィルムの魅力でもある。
2・3ヶ月のアジアの撮影旅を終え、無事に飛行機が日本に着陸する瞬間。
お米と醤油味の料理を久しぶりに口にする瞬間。
銭湯へ行って湯船に浸かった瞬間。
素晴らしい故郷の魅力を再認識する瞬間。
日本での当たり前の生活あって、家族や知り合いがいることが、とてもありがたく思えてくる。

最悪な体験

2007年、約2ヶ月間のインド撮影旅の時である。
旅立つ前、肉体労働とボクシングを行いながら、写真を撮り続けていた。
インドに渡った数日後、肺の辺りが痛くなった。
痛さのピーク時は、歩いていても寝ていても痛かった。
結局その時は病院へは行かず、最後まで我慢をして撮影旅をやり遂げた。
だが、日本に帰国した後に無理がたたり、肺の病気に罹りCT検査を受け、肋骨が2本折れていたことが判明した。
肺の病気も肋骨の損傷も、一番ひどい状態は過ぎていて、医者は驚いた。
肋骨に関しては、肉体労働かボクシングで痛めたのか、インドに行く前後で激しい咳をしていたので、折れたのはそれが原因かもしれない。
今思うとあの時の不安な気持ちと激痛は、最悪な体験だった。
現在は肺の病気も肋骨も完治しているが、今までどんな状況でも、長期の撮影旅を途中で諦めたことはない。

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