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髙塚陽一写真展


作者の撮影ノートより

新たな試み

「ヒロシマ」を題材とした写真は多い。しかもいずれも「あの日の悲劇」を思い起こさせる優れた仕事だ。そのような中、あの日を直接的に思い起こすものを切り抜くのではなく、広島の人々が日常の中で目にしている「今の広島のありのままの姿」を切り抜いていこうと志してみた。今の広島の日常の中では、劇的な出来事として「あの日」は存在しない。市民にとってその出来事は深く心に刻まれていることではあるが、日常の一部として「あの日」は受け止められている。そのため劇的演出効果を生むモノクロームは避けて、あえてデジタルカラーを選んだ。その理由は、日常の中に「あの日」があることを強調するために、写真全体の色彩を押さえたかったからである。色彩を落とすことで、包み込むような日常の中に「あの日」が存在するという演出ができたと思う。

最も印象に残った事

「あの日」は月曜日だった。だから8月6日の月曜日にこだわってみた。60年以上も経って、広島市民はなおこの日を、この時をどのように受け止めているのだろうと、その本音を知りたくて、8月6日月曜の朝8時に通勤客で混み合うターミナルに立ってみた。この時間ここでカメラを構えているものはいない。そのほとんどが平和公園もしくはその周辺で、平和の集いに集まっている人々にレンズを向けているからである。
人々は足早に去っていく。バスから電車へ、電車からバスへと。その歩みは止まることはない。しかし、8時15分。その歩みは止まった。それぞれの人々がそれぞれ場所で頭を垂れ、黙祷を献げていた。 私はその瞬間、レンズを向けることすら忘れていた。「あぁ、広島の人々は決してあの日を忘れていない。」との思いに胸がいっぱいになった。
それから1分後、まるで何もなかったかのように、人々はそれぞれの目的地に向けて足早に歩き出した。

今後の作品制作について

ある被爆者の方が、60周年記念式典を迎えようとしている時、「私たちには70年目はないからね」と笑顔で語っておられた。
私は即答する言葉をみつけられなかった。しかし、私は心の中で「70年経とうと、広島の人々が『あの日』を語り継いでいることを、私がしっかりと写真におさめます。」と誓った。

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