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プレミオ通信

フォト・プレミオ 2011 入賞者

第1期展示入賞者
(11月末締切)
第2期展示入賞者
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(5月末締切)
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(8月末締切)
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FOTO PREMIO NEWS No.20

2012年2月開催のフォト・プレミオ入賞者決定!

先日、「フォト・プレミオ2011」第4期(2011年8月末締め切り)の選考会が行なわれ、2名が新たに選出されました。今回の受賞者の作品はどのような点が評価されたのか、また、選考委員が作品を選んだポイントなど、選考会でのコメントをそれぞれの作品ごとにご紹介します。

佐藤敬久「丘の向こうの小さな村 ~ネパールの山村~」

本当に遠い場所のようですが、何度も足を運ばれたのがよくわかる写真でした。とても丁寧に景色や村人の暮らしを撮られている印象があります。

「作者はおそらくアジア共通の農業の営み方に興味があるんじゃないでしょうか。写真を見ていると、いかにこの土地に定着して生活しなければならないかということを地形から推測させられますし、東南アジア特有の文化や農業に従事する人々の資質などが、こういう風土・地形から生まれてくるのかなということを感じさせられました。美しい風景の写真として見ることもできるけれど、人間の営みの典型を見せられているようにも思えて、いろんな角度から見ることができる写真ですね。“風景を見る目”とは違ったさまざまなものを作者は発見しているんじゃないでしょうか。作者の目を想像することが楽しい作品だと思います」

「地形が面白いなと思いました。この棚田の形がすごく魅力的で、まず目に入ってきました。地形という百年千年と変わらない自然の形に、人の手が入って棚田が形成される。そうやって自然と人間が共同でつくりあげた風景は、ただ鑑賞のために存在するのではなく、“文明”というものの姿だと、この写真はきちんと伝えてくれていると思います。また同時に、日本の稲作文化との共通性と差異をよく教えてくれるところもありました」

昔の日本の山村にタイムスリップしたような、とても懐かしい感じがします。しみじみとした味わいがある写真じゃないでしょうか。

「稲を手で植えていたり、牛が田を耕していたり、プリミティブな部分を残しているので、私たちの過去とも出会うことができるような写真になっていて、そういう意味ではスケールの大きな“時間”を感じさせてくれる作品だなと思います。また、いい意味で“写真にしていない”写真だとも思いました。映像の美しさや迫力など、技巧的な側面を求めすぎていないというか、作者が映像よりも写している光景や写している人々のほうを大事にしていることが、作品を見ていてひしひしと伝わってきました」

「美しいものを捉えて何とかしようというところがありませんよね。逆に“科学の目”のような視点があって、この写真はディテールがとても面白いんですよ」


古林洋平「ナティカシャ、カナシャ ~奄美の光~」

タイトルは奄美諸島の方言で、“懐かしい” “愛おしい”に近い意味を持った言葉だそうです。島が両親の故郷だという作者が、何度となく島を訪ねて撮影した作品です。

「島の時間に共感しながら同調しているからでしょうか、島唄から祭祀までの文化的な伝統を表す場面をてらいなく写した、とても落ち着いた仕事だと思いました」

「奄美諸島の風土と空気を、美しく、そしてどこか懐かしく見せてくれた写真ですね。そう思わせる原因のひとつは、対象に向けられる作者の視線の距離にあると思います。まったく土地とかかわりのない、珍しいものを見るツーリストとしての視点ではない。もしくは、職業的なルポルタージュ作家のどこか手慣れた目でもない。故郷へ向けられた優しい気持ちが、少しだけ遠慮がちと思える間合いから素直に表現されているのではないでしょうか」

「自分の写真の撮り方を探し求めている作品だと思いました。なにを、どう語るべきか、縁ある場所を訪ね歩くうちに、そういう根本的なことを考えさせられたんじゃないでしょうか。<故郷>のような場所を歩いていると、直視する感覚ではなく、すでに語られた物語を読み直すような感覚に近くなって、それが自分を見つめる感覚を呼び覚ますことになる、その経緯が見えてきて共感させられました。“優しい気持ち”というのは、<対象>と<私>を見る“もう一つの目”のことを言うんだと思います」

スクエアなフォーマットを持つフィルムカメラの独特の視点とも言えるのではないでしょうか。最新のデジタル機材と違い、一枚一枚に気持ちを込めないといい写真にならないですから。

「確かに6×6カメラのフィルム映像は独特な視野や視点をもたらします。作者はそういう装置に“もう一つの目”を求めたのかもしれません。使う道具によって湧き出す感覚も違ってきますし、写真表現は機械装置によって生み出されるものなんだということを、あらためて思わせられました。どういう装置で撮ったかということは、作品を読む上では無視できないことですから」

「現在、作者がそこに居住していないことも関係しているんでしょうね。疑似故郷というか、日常的で密接なコンタクトがなくても済む環境ですよね。そういう意味で、都会に住む作者にとっての理想郷が表現されていると思います。私たちも作者と同じように、ここにひとつのユートピアを見出すから、爽やかに感じるんだと思います」


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