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メディカルネットワーク
No.280 No.1-2012
読影端末のテトリスゲーム

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読影端末のテトリスゲーム

Konica Minolta Medical Network No.280 No.1-2012

埼玉医科大学医学部放射線科 教授 田中淳司

埼玉医科大学医学部放射線科 教授
田中淳司

速い。とにかく速い。全肺でも腹部骨盤でも、スキャン開始から完了まで1秒とはかからない。息止めなどできなくても問題ない。これで0.6mm厚みの画像およそ600枚がたちまち出力されてくる。検査の適応云々を考えたり議論したりする暇があったらその間に検査が済み、画像ができてしまう。これが最新のX線CT装置の能力である。
画像診断の現場には検査依頼がオンラインで怒涛のごとく押し寄せ、検査のオーダーリストは果てしなく積み重なっていく。読影端末にはさながら組立ラインから吐き出される工業製品のごとく、読影すべき画像のリストが出力されてくる。次から次へである。

ここ数年で「診断」という行為の中身が明らかに変わったと感じる。急性虫垂炎の確定診断はほぼ100%、CTでなされるようになった。肺炎しかり、急性腹症しかりである。急性期脳梗塞疑いなら100%、MRI送りである。 かくして救急外来患者の多くはそのまま画像診断部門行きとなる。画像診断の件数は右肩上がりで衰えることを知らない。
臨床各科の外来は立錐の余地もない混雑ぶりであり、廊下にまで人があふれ出している。外来診療の現場はさながら戦場であろう。 時間効率を上げるためには寸刻の無駄も排除しなければなるまい。診療は流れ作業的に行われ、停滞は許されない。画像診断依頼書には「緊急で」との記載がしばしば見られるが、診察の場に間に合わせる必要性ゆえの「緊急」としか思えないものも数多く見受けられる。読影室には「読影報告書はまだか」の電話がひっきりなしにかかってくる。 

画像診断の依頼を受け、出来上がった画像の読影報告書を大急ぎで作る立場から見ていて湧き上がる疑問が(失礼ながら)ある。 それは、画像診断のオーダーを出してくる現場の臨床医たちはどの程度の正確さで患者の病態を把握できているのか、という疑問である。画像診断の依頼内容を見ると「スクリーニング」とか、「胸部違和感」といった、臨床診断の体をなしていないものもかなりあり、問診票の内容によって診察を待たずに出される検査オーダーも相当数あるのではないかと想像する。 一方で「臨床疑い診断名」が何か書いてあっても、画像診断をしてみるとまるで見当外れであったりするものも……、残念ながら少なからずある。

臨床医の診断能力が低下しているのか? そうではないと思いたい。現場の忙しさゆえに患者を十分診察できないでいるのか? これはあるかもしれない。画像診断機器の進歩が臨床医の診断力を凌駕してしまっているのか? これは多分ある。患者の胸に聴診器を当てて、腹を触って分かることには限りがあるだろう。
医学生時代に習った「聴診法」や「触診法」が医療現場で役立つ部分は、現在の画像診断機器の威力の前では相当色あせてきていることは疑いあるまい。それでも、得られた画像を見て判断を下すのは目下のところ我々人間の仕事である。いずれはこの部分も機械がするようになるのかもしれないが、それが地球人類の幸福に繋がるのであるなら、もって瞑すべしであろうか。

画像診断機器の長足の進歩によって、現場の診療形態に多少の歪みを生じつつも臨床診断の精度は上がっている。これは確かなことである……それが地球上のすべての地域で等しく生じていることではないにしても。
さながらテトリスゲームのごとく刻々と積み上がっていく画像診断オーダーリストを横目で見ながらこんなことを感じ、少々複雑な気分になる毎日である。

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