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No.279 No.2-2011
3月11日の震災を機に思うこと

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3月11日の震災を機に思うこと

Konica Minolta Medical Network No.279 No.2-2011

公立大学法人横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学 教授 井上登美夫

公立大学法人横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学 教授
井上登美夫

家を出てから車に乗り、大学あるいは病院で働いて帰宅するまでの間、コンピュータ、IT機器を利用して事をなすこと、なされることが日常的になっている。インターネットが普及し、さらに携帯電話との融合によって、情報の伝達速度が格段に速くなった。とにかく私の青春時代であった昭和50年代と比べても(今から30年以上も前のことであるが)、確実に便利な世の中になっている。そして、確実に人と人との触れ合い方が変化している。

最近、いかにその文明の利器がはかないものかを知らされる場面があった。それが、東日本大震災の起きた3月11日である。地震発生時の14時46分、私は東京・京橋の貸しビルの一室で会議を行っていた。地震で会議が中止になって東京駅に向かう途中、病院に携帯で連絡を取った。幸い地震発生直後はすぐに電話がつながり、緊急臨床部長会が開かれるとの知らせを受けたが、その後全く携帯がつながらなかった。

ご存じのようにJRをはじめ、都内のほとんど全ての交通機関が止まってしまったため、東京駅から品川駅に向かって歩いて移動した。国道1号線などの歩道はおのおのの目的地に移動する人々であふれ、信号は消え、車道の車はほとんど動かないほどの大渋滞となっていた。人の群れが激しく行きかう異様な風景の中、文明の利器の脆弱さを感じつつ、自分の手と足のみを信じて歩き続けた。結局帰宅難民となり、都内のホテルのロビーで一夜を過ごした。

翌朝、東京電力福島第一原子力発電所の建屋から煙が出ている事故の映像を見た時から今日に至るまで、放射能に関わるさまざまな問題が社会現象として延々と起き続けている。横浜市の公立大学法人に勤務している放射線科医という立場上、"放射線・放射能の専門家"として医療上の対応にとどまらず職場内、横浜市行政、消防局などで放射能・放射線被ばくの基本的な講義を求められる機会が大変増えている。

学校のグラウンドの土壌や学校給食の食材の放射能測定など、さまざまな問題が社会問題化している。私を含め日常の診療の中で放射性同位元素を使用して医療を行っている方々の中には、東京・横浜といった地域でなぜここまで大きな問題になっているのか、と感じている人も少なくないのではないだろうか。小さなお子さんをもつ若いお母さんの中には、わが子を守る強い気持ちから、放射能に対する恐怖心をもつ方も少なくないようである。

このような事態に対し、政府の対応を批判することは容易であるが、その前に今回の福島原発事故に関連したさまざまな局面での"放射線の影響に関する、いわゆる有識者の間の見解が必ずしも一致していないこと"が、世の中の多くの方々の不安を引き起こしているのではないだろうか。そして有識者にさまざまな学問的背景の方々がいる中で、医師である私たち放射線科専門医に責任はなかったのだろうか?と自問している。

極めて愚直に申し上げると、我々放射線科医の関心事は、画像診断のスキルアップ、高精度放射線治療の実践というようなところにあって、放射線被ばくの問題は頭の片隅にはあってもそのこと自体を専門に仕事をしようというモチベーションを有する放射線科医は極めて少ない。

一般の市民の方々へ向けたいわゆる市民公開講座でも、その内容の多くは"素晴らしい診断法"や"近年の素晴らしい放射線治療技術・治療成績の話"を啓蒙することはあっても、放射線被ばく自体を一般の方々に啓蒙することは極めてまれであった。このような活動の姿勢に問題はなかったのか、自問自答を繰り返している。

今考えていること、それは教育の重要性だ。罪滅ぼしのつもりで、我が国の明日を担う高校生に放射線医学の授業を行ってみたい。

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