メディカルネットワーク

ヘルスケア

「温泉と私」

Konica Minolta Medical Network No.276 No.1-2010

群馬大学大学院医学系研究科 放射線診断核医学分野 教授 遠藤啓吾

群馬大学大学院医学系研究科 放射線診断核医学分野 教授
遠藤啓吾

年齢とともに温泉が好きになってきた。日本人だし、群馬という温泉天国に住んでいるからかもしれない。
温泉に入ってのんびりし、旅館の部屋で和食を食べる。和食は温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、作られたものをできるだけ速やかに食べる。それも季節の旬のものである。

よい温泉かどうかは、温泉の泉質、食べる料理、旅館のサービス、温泉街の雰囲気により決まる。私にとって最高のぜいたくとは、雰囲気のよい温泉街にある小さな旅館に泊まり、よい泉質のお湯の風呂に入って、おいしい和食を食べることである。
大きい旅館、ホテルは一般的によくない。大勢の客がお風呂に入れるだけの湯の量が足らない。一度使った湯を捨てず、滅菌し循環させて使う再利用、循環湯にならざるをえない。温泉は掛け流しに限る。
泉質がよくて、料理がおいしい、しかもサービスがよい温泉旅館が望ましいのだが、残念ながらすべてを満たす温泉旅館はほとんどない。サービスをしなくても、素晴らしい泉質を楽しみに客がどんどん来るのである。

温泉の泉質は、単純温泉、炭酸水素塩泉、二酸化炭素泉、塩化物泉、硫酸塩泉、含鉄泉、含アルミニウム泉、含銅- 鉄泉、硫黄泉、酸性泉、放射能泉のあわせて11 種類ある。わが国に多いのは、何も含まれていない単純温泉、少し塩辛い塩化物泉、硫黄の匂いのする硫黄泉の3 つの泉質である。
またお湯が酸性かアルカリ性か、あるいは中性かによっても異なる。一般的に無色透明な単純温泉も、アルカリ性のものはヌルヌルした肌になる。有名な温泉は単純温泉が多い。
私は無色透明なものより、かすかな匂いがあるか、白色か茶色の色のついた温泉の方が好きである。

温泉が茶色なのは鉄分を含むからで、伊香保温泉(群馬県)、有馬温泉(兵庫県)などが代表である。匂いはなく、タオルは茶色になる。一方、白く濁っているのは、草津温泉(群馬県)、蔵王温泉(山形県)、酸ヶ湯温泉(青森県)、乳頭温泉(秋田県)、白骨温泉(長野県)など。硫黄の匂いがし、酸性が強く、湯で顔を洗うと、目にしみることもある。
硫黄といえば、札幌医大放射線科名誉教授の森田和夫先生は、お父上が草津温泉で硫黄を採掘する会社に勤めていた関係で、草津で育ち、草津小学校を卒業したとお聞きした。硫黄はマッチや爆薬の原料となるので、戦前から戦争直後まで非常に高価なものだったが、チリなどから大量に硫黄が輸入されるようになり、草津ではもう採掘していない。

また、歴史に思いを馳せれば、戦国時代、豊臣秀吉は有馬温泉に行き、江戸時代の徳川吉宗は草津のお湯を江戸まで運ばせて温泉を堪能した。一方、江戸時代の庶民は、近くの温泉以外を知らずに一生を過ごした。
そして、今や、裸で風呂に入る習慣がない外国人も、温泉に入ると大喜びする時代だ。スペイン語の日本旅行の案内書にも草津温泉が紹介されていて驚いた。簡単に日本中の温泉に行くことができる現代に生まれた幸せをしみじみと感じている。

私の夢は全国の温泉に入り、温泉の格付け、温泉番付を作ることである。相撲にならった温泉の格付けで、最高位の横綱はすでに決まっている。

東日本の横綱は草津温泉。西日本の横綱は別府温泉(大分県)。

ともに湯量が豊富で、湯煙のあがっている街並みがよい。風格十分の横綱である。日本全国に温泉は多い。大関、関脇、小結、幕内、十両候補の温泉が目白押しである。

しかし、最近ふと思う。はたして温泉通になって幸せだろうか?

幸せではなく、むしろ不幸なのである。温泉に入ると、この湯が第一級の温泉なのか、三流のものか、すぐわかるようになった。何も知らない初心者の頃は、どの温泉に入っても、素晴らしいお湯だと満足していた。しかし今では三流のお湯に入ったのでは満足できなくなっている。
食事、ワインなどすべてに共通するかもしれないが、無知の方が満足できて、むしろ幸せではないだろうか。

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