メディカルネットワーク

ヘルスケア

「腕時計」

Konica Minolta Medical Network No.274 No.1-2009

名古屋大学大学院医学系研究科 高次医用科学講座量子医学分野 教授 長縄慎二

名古屋大学大学院医学系研究科
高次医用科学講座量子医学分野
教授 長縄慎二

最近、機械式腕時計が復興してきている。もちろん私の給料ではそれほど多くを収集することはできないが、ショーケースに並ぶ高級な機械式時計は見ているだけでも結構、楽しめる。たいていの時計店の販売員は時計好きな人が多く、こちらは趣味がいいだの、あちらは機能が凝っているだの時計談議に花が咲く。

クオーツ時計自体は1920年代に発明されていたが、実用市販品としては1969年、日本のセイコーが発売し、一時的にはその正確さから機械式時計を絶滅の危機にまで追い込んだ。しかし、しばらくしてクオーツや電波時計の価格が安くなりすぎたせいか、時代がもとに戻るように、特に高級腕時計においては機械式時計の世界的なブームが訪れた。

それと似たような図式でデジタル時計とアナログ時計の葛藤もあったが、やはり最近は個人で使用する腕時計はアナログが主流となってきている。手軽さ、丈夫さ、正確さといった実用性だけを求めるならデジタルの電波ソーラー時計がもっとも手間もかからず便利である。しかし、人々はそれでは満足しない。

人類の歴史を振り返ると、技術革新は多くの場合、新しいものが、古いものを駆逐してきた。列車も蒸気機関車からはじまったが、ディーゼルになり、最近は電車が主流で、さらにリニアモーターカーに進もうとしている。蒸気機関車はもちろん趣があり、人気もあるが、観光用以外に使用されることはまずない。車もマニュアルからオートマチックへ移行し、いまやF1のレーシングカーですらオートマチックである。カメラも銀塩からデジタルへ、テレビやビデオもアナログからデジタルへ、そして我々の画像診断業界もデジタル画像への移行が急速に進行中である。なぜ腕時計だけが懐古趣味へ走っているのか?

それはもはや腕時計が実用品でなくなってきているからである。時間を知りたければ、携帯電話やパソコンの画面を見ればことたりる。テレビにも時間が出ている。さらにいえば10万年に1秒という電波時計の極小誤差は、普通の人間は必要としていない。機械式時計が狂うといっても、せいぜい一日に数秒である。一日は60×60×24=8万6400秒もある。そのうちの数秒の誤差であり、割合としてはものすごく小さい。実用上問題ないわけである。

現在求められている腕時計の“性能”は、時間の正確さだけではなく、いかに持ち主を満足させられるかという点にある。つまり持つ喜び、鑑賞にたえる美しさ、持つことへの憧憬などの数字にしにくい部分にその“性能”が求められる。

腕時計は、小さな物体であるが、その中に一つの世界がある。日本庭園や盆栽、茶室などと同じくひとつの宇宙を形成している。日本人はもともとそういった世界が好きである。

最近は、舶来機械式高級腕時計はオイルマネーによって潤った人たちによって大量に買われ、日本ではどんどん値段が上がっている。この文章を読んで久しぶりに機械式腕時計を見にいこうと思われた方は最近の価格高騰に驚かれるかもしれない。しかし、見るだけでも楽しめるのでぜひ目の保養をされるとよい。

店員との会話では知ったかぶりをする必要はないが、いくつかのキーワードを知っておくとより楽しめると思われるのでご紹介しておく。トゥールビヨン、ミニッツリピーター、パワーリザーブ、パーペチュアルカレンダー、スプリングドライブ、シースルーバックなどなど、googleで検索するとみな説明を読むことができる。

それでは、我々の業界の画像診断も回帰することがあるであろうか?

実用性はデジタルのほうがごく一部の領域での画質をのぞき、圧倒的に優位である。CADや3次元画像の構築を考えてもデジタルに軍配があがる。回帰があるとすれば、腕時計と同様に、画像診断自体に実用性が求められなくなったときであろう。この先、運良く人類が現在抱える紛争、食糧不足、エネルギー不足、環境破壊などの諸問題を乗り越えて生き残り、科学技術、医学を順調に発展させたとして、画像診断がまったく不要になる時代がくるであろうか?

もっとも将来のことは誰にも確かにはわからないが。

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