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ヘルスケア
メディカルネットワーク
No.267 No.2-2005
医療のQuality assurance(QA)と仁術

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医療のQuality assurance(QA)と仁術

Konica Minolta Medical Network No.267 No.2-2005

早川 和重

早川 和重
北里大学医学部
放射線科学教授

従来わが国の医療の品質保証Quality assurance(QA)は各医療施設の品質管理Quality control(QC)体制に委ねられてきた。したがって、医療の質、ひいては医療行為そのものに、医療施設間によって少なからぬ差が認められていた。このことは、国民皆保険の政策を基本としたわが国の医療行政において、国民一人一人が質の高い医療を平等に受けられるという理想に対して大きな矛盾がある。医療のQAは、一般社会や企業におけるQAの理念と全く同様であり、品質を管理して品質を保証するのがQCの目的である。QCの実施に際しては、man、 material、machine、method、measurementの5Mが重要であるとされている。すなわち医療でいえば,医療従事者、医療材料・医薬品、医療機器・装置、診断方法・治療技術、検体測定・臨床試験などの管理(management)が基本となる。さらに医療の質の評価には構造・プロセス・結果の3要素の分析が必要となる。医療に関わる構造には、各種の医療行為に必要な診療室・病棟、診断・治療装置や関連機器・器具などの設備、スタッフの充実度ばかりでなく、診断・治療技術や施設全体としての機能など幅広い因子が含まれる。プロセスには、患者の診断法、治療方針、治療法・技術などの医療行為の過程に関わる様々な因子が含まれ、結果には、治療の成功率をはじめ治癒率、生存率、有害事象・合併症発症率、QOLなどの因子が含まれる。医療の質を高めるためには、これらの要素の関係を十分理解し、それぞれの項目を分析して評価することが重要である。

わが国の医療のQAについて、放射線科の立場からみると、高精度な画像診断機器、放射線治療装置の普及度にくらべて放射線科専門医の数が圧倒的に不足しているという現状がある。とくに放射線治療施設では、治療専従技師も少なく、医学物理士がいるのは数施設に限られている。また、治療関連機器の充足度は欧米に比しはるかに低いのが現状である。これは、各施設が低コストで必要最低限の機器・装置を整備してきたためで、今までのわが国の医療構造そのものに問題があると考えられる。その結果、多くの施設でマンパワー不足のため、放射線診療の精度管理、品質保証に関するシステムが全く整備されていないという大きな問題点がある。

一方、医療のQAの基盤となるのは安全管理体制である。ここ数年、放射線治療による過剰照射事故、造影剤自動注入器による空気塞栓事故など、放射線診療に関わる医療事故の報告も少なくない。これら事故に対する安全管理を考える場合、個々の事例について種々の要因を分析し、組織的な再発防止対策をたてることは施策として重要だが、最も重要なのは医療人としての医療行為やコミュニケーションに対する心構えであろう。報道されている医療事故の事例をみると、医療行為に対する認識の甘さやコミュニケーション不足が主因になっているものが多くみられる。医療における安全管理の基本は、チーム医療の中で医療行為に関わる個人個人の姿勢であると言えよう。お互いを理解しあい、言外の意図を汲めるような信頼関係に基づくコミュニケーションの構築が重要である。

ところで最近、医学部入試の面接試験の際に、受験生が「医は仁術」という言葉を知らないことに愕然となった。また、若い職員にも知らない者がいて、「仁」という言葉が死語になりつつあるのではないかと思う。かつて、孔子は「五徳」として、「仁・義・礼・知・信」を掲げたが、「仁」は論語の中で最も多く触れられている言葉である。「仁」とは、心と心を結ぶための最高の徳であり、あえて言い換えれば、相手を意識し、相手の身になって考えられる「思いやり」という言葉が当てはまろう。医療では、この「仁」の意識が非常に重要である。一つの指示を受けるにしても、その意図を汲めなければ十分な行為に至らないばかりか、誤った伝達や行為にもつながりかねない。これは医療者間のみならず患者さんとの間でも同様である。「相手が何を意図し、どうしたいのか」を常に意識することで、お互いのコミュニケーションが密になり、業務の効率化が図られ、安全で円滑な医療体制が整っていくはずである。

質の高い安全な医療を行うためには、ハード面、ソフト面とも十分な診療体制を構築・整備する必要があるが、いくら良い体制が整っても、実際の医療行為を行う医師あるいはコメディカルスタッフ一人一人の意識が高いレベルにないと、その運用は不可能となる。医療のtotal quality management(TQM)には、個人の質を高めるpersonal quality control(PQC)が不可欠である。今後、わが国の放射線診療の質向上のためには、放射線科専門医、診療放射線技師の育成に加え、診療従事者自らが PQCを実践することを望みたい。

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