コニカミノルタ

コニカミノルタについて

動き出した挑戦 CASE.01蛍光ナノイメージング

がんが光った。
がんが、見えた。

日本人の死亡原因第1位のがん。その治療に革新を起こす技術がコニカミノルタから生まれ、世界の注目を集めている。病理学の権威・仏パスツール研究所も期待する「見えない敵・がんを光らせる」新技術とは…

Casts

中野 寧 Yasushi Nakano
1984年入社
開発統括本部 バイオヘルスケア開発室 第2プロジェクトリーダー(部長)
工学博士
古澤 直子 Naoko Furusawa
1989年入社
開発統括本部 バイオヘルスケア開発室 シニアリサーチャー
二谷 悦子 Etsuko Futaya
2014年入社
開発統括本部 バイオヘルスケア開発室 アシスタントマネージャー
臨床検査技師、細胞検査士(JSC.IAC)

新薬開発に、待ち望まれた新技術

人々を苦しめる病気、がん。世界中でがんと闘うため、多くの人が日夜尽力している。新薬の開発もその1つ。近年製薬メーカーでは特定タイプのがんだけを治療する “分子標的薬”※1の開発が進められてきた。

がんは発症する場所などにより種類が異なる。そのため、これまでの薬では人によって効く・効かないがあり、つらい副作用が出ることすらあった。それぞれのがんに合わせた分子標的薬が使えれば、理想的にはすべてのがんが治療できるようになる。

実現するにはがんタイプの正確な診断が必要だが、既存の検査技術では曖昧な診断しか取れないことが課題となってきた。

コニカミノルタが東北大学と共同で開発したのは、そんな待望の“がんタイプの正確な診断”を可能にする新技術「HSTT(High Sensitive Tissue Testing)」蛍光ナノイメージングだ。

従来技術の3万倍、その圧倒的な光

HSTTの根幹は“蛍光ナノ粒子”という明るく強く光る小さな材料。がん細胞の特定のタンパク質とくっつき光ることで、どんなタイプのがんなのかを知らせてくれる。HSTTはそれを画像解析し、位置や数を定量的に表現する。

その輝きは圧倒的で、従来技術の約3万倍。開発チームの古澤直子は、そこに長年画像の会社として、“見たいものを見える化”してきた技術が生きていると言う。

「これまでコニカミノルタは、写真フィルムの粒子技術を様々な分野のイノベーションに活かしてきました。その第3の使い道がHSTTの蛍光ナノ粒子です。私はこの粒子技術とともに研究開発の道を歩んできましたが、まさかがんをテーマにする日が来るとは夢にも思っていませんでした」(古澤)

蛍光ナノ粒子に“分子標的薬治療の進展への寄与”という道を示したのは東北大の大内憲明教授だった。以降、東北大とKMの共同研究が実現し、古澤たちは1つ1つ学びながら開発を進めていくことになる。

「とにかく初めてのことが多く、“全部知りません”から1つ1つ勉強して。いつも背伸びをしながら駆け足で走っているような感じです(笑)」(古澤)

日本の製薬会社をすべて訪問

製薬や病理というビジネスのフィールドも未知の領域だった。チームリーダー中野寧は振り返る。

「営業やマーケティングとチームを組んで、日本の製薬会社を全て訪問しました。いくつもプレゼン資料のパターンを作り、言葉遣い一つとっても何度も議論を重ねて。キャリア入社の二谷が唯一お客様を知っていたので頼りにしましたね」(中野)

二谷悦子は新卒で診断薬を開発する会社に就職。細胞や病理分野の課題を解決するためには新しい技術が必要と痛感する中、HSTTチームの人財募集と巡り会った。

「製薬会社にプレゼンする時、“その言葉は使っちゃダメです”とチェックするのが私の役目でした(笑)。材料や物理の専門の方たちが多いので、使う言葉が違うんですね。最初は少し驚きました」(二谷)

中野と一握りの技術者から始まったチームは、その頃には材料、生物、物理、メカ、ソフト、マーケティングなど多様な人財が集うプロフェッショナル集団に成長していた。専門分野の違いによる考え方や言葉遣いの差異は容易な壁ではなかったが、都度議論をし、数かぎりない困難を乗り越え、挑み続けた。

本物の夢は、1対1の関係性の先にある

初めてづくしの分野でここまで進んでこれた要因は他に何があったのか? 基礎研究から製品上市までのプロセスを3度手がけてきた中野は、様々な人に「助けられてきた」という。

「東北大、NEDO※2、パスツール。この3つの機関は我々を助ける重要な指針を示した人たちです」(中野)

前述の通り、東北大の大内教授には“がん診断”のテーマを導いてもらい共同研究の道を開いてもらった。NEDOはその共同研究を資金面で支援してくれ、バイオロジーの世界的権威、仏パスツール研究所とつないでくれた。

「いずれも1対1の絆が最初の接点です。お互いの利害をきちんと押さえ、win-winの関係性を作る。その先に本物の夢が出てくるというのかな。そういうところで助けていただいたという気がしますね」(中野)

世界と、どこまでいくか

たゆまぬ学びと多くの助けを着実に結実させ、今HSTTは世界への挑戦を始めている。

2016年秋。中野と古澤を含むHSTTチームは、グローバル・メガファーマにプレゼンを行った。

「パリのホテルでギリギリまで資料を調整しました(笑)」(古澤)

文字通りこれまでの知恵を全投入して行った提案。ミーティングは白熱し、好感触だったという。

さらに、2017年には製薬大国アメリカでHSTTによる病理標本作製サービスを展開予定だ。

先行リリースした日本国内の反響を二谷はこう受け止める。

「私はお客様の先の患者さんを考えて仕事をしたいので、見たかったものが見えた時に喜ばれているところを見ると、役立ってきていると実感します」(二谷)

今、HSTTのもとには世界各地からビジネスや研究開発のオファーが相次いでいる。世界との協業で、技術とビジネスがどこまで進化していくか。世界が見たかったもの、がんを見せることで、どこまで喜ぶ人を増やしていけるか。コニカミノルタの挑戦が動き出している。

※1
がん細胞に現れる特定のタンパク質をピンポイントで攻撃する薬
※2
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構

Casts

中野 寧
Yasushi Nakano

開発統括本部 バイオヘルスケア開発室
第2プロジェクトリーダー(部長)

工学博士

1984年新卒入社後、社会人入学でドクターを修得。以降メディカル分野における、基礎研究から上市まで一連の流れに3度携わる。「自分自身も環境も、探すよりも自ら創る方がいい。よく勉強すること、額に汗すること、人に助けてもらうこと。この3つがあれば、充実する自分を創っていけると思います」。

古澤 直子
Naoko Furusawa

開発統括本部 バイオヘルスケア開発室
シニアリサーチャー

1989年新卒入社以来、写真フィルムで磨き上げた技術とともに、様々な課題に挑戦してきた。「新しいことに挑戦していくというのはいつでも大変。学生時代はお金を払って教えてもらうお客様。働き出したらお金をいただく側になる。辛いことも当然あるけど、めげずに頑張りましょう」応用物理学出身。産休・育休を2度経験。

二谷 悦子
Etsuko Futaya

開発統括本部 バイオヘルスケア開発室
アシスタントマネージャー

臨床検査技師、細胞検査士(JSC.IAC)

2014年、30歳を前に診断薬開発の会社からキャリア入社。「変化のスピードが激しく、とてもエキサイティングな環境です。私が新卒の頃に学んだのは、まず3年、必死に周りから学ぶこと。どんな環境にも自分を助けてくれる人は必ずいます。味方を見つけるのも社会人スキルの1つです」。医学部保健学科出身。

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