
「見たままの事実をそのまま伝えるのではなく、解釈したものを見せる」。日本人としての視点の発見は、異文化への好奇心ではなく、先進国の後進国への危機感でもなく、中国に向けられる複雑な感情への気づきへとつながった。「隣国」に対する感情は、その地位を逆転されるとき、沸点に達するのではないか。ステレオタイプな中国へのイメージを敢えてそれと分かって楽しんだり、上海での実際の人とのコミュニケーションで感じたりしたうえでシャッターを切った。
高層アパートの手前に広がる、上海の瓦屋根の古い街並みを見て「きれいだね」と感想をもらすと、寝間着の住民の男性は「不好看!」と即座に否定。少数民族の多く住む内陸部にある貴州省出身の22歳の女性に「なぜ上海に来たの?」と聞いてみた。農業を営む家が貧しくても地方では働き口すらなく都会に出稼ぎに来たの、という答えを期待していたにもかかわらず「楽しいから」と一言で快活に答えた。以前、大阪の職業安定所で話を聞いた上海出身の若者が「よその街に住んでみたい、という夢のために来たの。若いってそういうことでしょ?」という言葉が鮮明によみがえった。
上海万博のテーマ「Better City Better Life」をいくら外の人間が一党独裁国家のプロパガンダと受け取り、高層ビル群を虚構の城と見ても、中国人は「より良い都市、より良い生活」を本心から信じているだろう。EXPO’70が行われた日本に1978年生まれの私はまだ存在しなかった。78年に始まる改革開放以前の中国に行けるはずもなく、人民服の自転車の波に圧倒されたこともない。万博に中国に感慨など持ちようもないはずなのに、こうも心が動かされた。日本人たる自分自身の物の見方、その由来をしっかり見つめていこうと思う。
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