
毎日写真を撮る。いつどこで出会うかわからないので、カメラは常にかばんの中にある。フィルムは多いときで5本。少ないときでも3本の予備。
写真を撮るぞと出かけるときと、何気なく歩いているときと、写真に差はない。
そこに撮るものがあれば撮るし、撮りたくないなら無理には撮らない。
写真をはじめて8年目、今の私と写真とはそういう関係である。
よくある出来事。シャッターを押すと「みせて」といわれることがなんとも多いこと。そして、「撮り終わったからちょっと待っててな~」といいながらのフィルムチェンジにもかかわらず、「それなぁに?」とカメラとフィルムを不思議そうな顔で覗き込んでくるこどもが多かったこと。
『カメラで写真を撮る=すぐに見られる』というデジタル時代のこどもたちには、フィルムカメラは、それはとても不思議な機械に見えたに違いない。
そういう時は「ごめんなー。このカメラ、すぐに見られないようにできているねん。あとのお楽しみ、やで」とだけ伝えている。
カメラを構えながら、こう動くだろうと予想することの多くが予想から外れる。知識と経験を携えてしまった私は、ものの見方が、小さく狭くなったものだなと、被写体の彼らからたくさん教わる。なので、構えて、息をひそめて、動くのをじっと待つという感じではなく、彼らが動き出したその瞬間を狙う。
あっ!と思ったらシャッターを切る。同じ空気を共有する。
なので、静も動も彼らにはその一瞬にしか過ぎない。その一瞬一瞬をひとつでも多く残していきたいと思う。
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