
へんな夢を見たの、昨日の晩。そういえば、朝からずっと眠そうに過ごしていた友人。わたしたちは一昨日から、屋久島の山に入っていました。二泊三日の行程で、森の中から歩き出して、あの有名な縄文杉の横を通り、九州一高いという宮之浦岳の山頂を踏んで、そして島の西の集落へつづく花山歩道を抜ける。花山歩道は長い道のりということもあって、あまり登山者の姿はありません。ほとんど歩く人のいない登山道は、地面が踏み固められることなく、ところによってはふかふかの土の心地よさを、足の裏に感じることができます。また途中には花山広場という場所があって、そこには樹齢1000年を越える屋久杉に囲まれた原始の森、太古の世界が広がっています。

深い森のなか、ずっと高く伸びる樹々の隙間から細く差し込む光を、ふたり寝っころがって眺めていました。夢の内容を聞いてみると、麓の町、安房の坂道をシドッティ神父が歩いていたといいます。しかし神父様には首がなく、自らの頭にひもをつけて引きずっていたと。鳥肌がたちました。ここまで聞いてぞっとしていたら、話にはつづきが。でもね、陽気にケ・セラ・セラを歌いながら歩いていたの、スキップしそうな勢いで。……。ケ・セラ・セラは、なんとかなるさ、という意味。歌自体もたしかに、どうしたって陽気なもの。怖いのだけれど、思わず吹き出してしまったのでした。

シドッティ神父は、キリスト教禁教令が敷かれていた鎖国時代に、命を受けて、はるばるイタリアより長旅の末、屋久島に辿り着きました。しかし、島に外国人が居ることはあり得ない時代、すぐに見つかってしまい、江戸に送られ生涯囚われの身となってしまいました。その後何十年と経ってから、シドッティ神父を偲んで、屋久島には上陸の碑が建てられ、また小さな礼拝堂が建てられました。




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