
アルプス、ヨーロッパの山に出掛けると、頂上や小高い丘の上に立てられている十字架を見かけることがあります。(イタリア、ドロミテ編を参照)日本でもおなじように、祠や石仏が祭られていて、道祖神などは車での道中からでも見ることできます。日本アルプスの代名詞でもある、槍ヶ岳や剱岳の切り立った頂上にも祠があって、わたしたちは頂上にその姿をみると、どうしても拝んでしまうもので、そこに日本人らしさを感じることもあります。

山のなかの神々は、さまざまな理由で建てられています。道祖神は道中の安全を祈るものであり、小さな石仏はもしかしたら亡くなった人を偲んでいるのかもしれません。祠は、その山自体をお祭りしていたり、麓の寺社の分院だったりします。山岳信仰のある日本では、まだ登山という言葉ができる以前から、修験者たちが山に入り、頂上へつづく道を築いてきました。槍ヶ岳などの頂上にある祠は、そこへ人が到達したことへの感謝の気持ちが現れています。また、山が生活の場である猟師たちにとっても、そこは神聖な場でお祭りすることは当たり前のことでした。

わたしが生まれ育った東京都は、都民の飲み水を多摩川の流れに多く依存しています。その水源林は、東京都、埼玉県、山梨県と三県をまたいでいます。源流の森は、地中に多くの水を含むブナ林が広がっています。一度、土を触って、その湿り気と柔らかさに驚かされたことがあります。そういった森は、自然のままの姿を持つ原生林かというと、意外とそうでもなく、人の手の入っていることが多いのです。
東京一高い山、雲取山はいくつかの多摩川の源流を持っています。その森のなか、竿裏(さをら)峠にひっそり中川神社があります。明治時代以降その自然を守ってきた人物のひとり中川金治翁を、里山の人々は奥多摩の主として崇め、森を守る神として祠を建てて祭りました。登山の途中で出会った小さな祠は、先代への感謝の気持ちに気づかせてくれました。森の恵みをもらって生きるわたしたちは、それを購うだけでなく、森を守り、共存していかないといけないのです。




![Vol.07 東京都~山梨県 多摩川編[ 前編 ]](/plaza/kiki/column/img/hm_column_0601.gif)




