
キリストの墓がある公園内には、「キリストの里伝承館」という、伝説のもとになった古文書の資料や、新郷村で古くから伝わる民謡などを展示する資料館があります。昭和のはじめ、突然に湧いてきた伝説に、地元の人たちは動揺したのでしょうか。それとも、違和感なく受け入れたのでしょうか。

古文書の存在に関係なく、新郷村にはさまざまな不思議な習慣や言い伝えが古くからありました。たとえば地名。墓の一帯は「戸来(へらい)」という地名で、へらいはヘブライが訛ったものとの一説があります。ヘブライ語といえば、キリスト教における旧約聖書が書かれた言語です。習慣としては、子どもを初めて屋外に出すときに、額に十字を描く。明確な理由は、今ではわからないそうです。

もっとも興味深かったのは、キリストの墓を囲んで毎年行なわれるキリスト祭り。祭典では、青森県に伝わる民謡「ナニャドヤラ」(これも、古代ヘブライ語がもとになった歌詞だという説があります)を謡い踊ります。でも、その形式は神主が執り行う神式とのこと。違和感を感じたのはもちろんですが、考えかたによっては、いくつかの宗教が入り組むのは、その土地において独特な進化を遂げたからだと思われます。
これまでも、奄美大島では集落ごとに土俵と教会があったり、天草の漁村では位牌とマリア像が並べてあったりする場面に出会いました。共通しているのは、どこの土地においても、普段の生活の一場面ということ。キリストの墓もそこに立てられた時点で、新しい歴史がはじまった、ということなのかもしれません。
次回の更新は6月1日です。




![Vol.06 青森県 新郷村編[ 後編 ]](/plaza/kiki/column/img/hm_column_0502.gif)




