ニュースリリース

室温で動作する高感度・高分解能の小型心磁計を開発
~心疾患の治療・検査が革新的に変わる~

2015年7月23日

東北大学大学院工学研究科
東北大学大学院医学系研究科
コニカミノルタ株式会社
科学技術振興機構

ポイント

  • 液体ヘリウムフリーの室温で動作するトンネル磁気抵抗素子を用いた、高感度の生体磁場検出用センサの開発に成功した。
  • 素子と回路の低ノイズ化を達成し、トンネル磁気抵抗素子を用いての心臓磁場検出に、世界で初めて成功した。
  • 心臓の電気活動の様子を非侵襲に測定できるため、虚血性心疾患や不整脈等の心疾患の診断が大幅に向上することが期待できる。
  • 特殊なシールドルーム注1が不要で、かつ被験者が動きながらの測定も原理的には可能となるなど、リラックスした環境で、診療医療ばかりでなく、予防医療、スポーツ、ヘルスケアなど、さまざまな応用が期待できる。

概要

東北大学(宮城県仙台市、総長:里見進、以下 東北大)の大学院工学研究科および大学院医学系研究科、および、コニカミノルタ株式会社(本社:東京都千代田区、代表執行役社長:山名昌衛、以下 KM)、らの研究グループは、室温で動作する、高感度かつ高分解能の心磁計の開発に世界で初めて成功しました。新材料を用いた低ノイズ高出力トンネル磁気抵抗素子開発に加えて、心臓からの磁場を検出するのに最適な低ノイズ回路を開発することによって、心臓からの磁場を検出することに成功しました。

これまではシールドルーム内の特殊な環境下でしか測定することができなかった磁場信号を、簡易、安価、高分解能でしかも室温で測定することが可能となったことから、虚血性心疾患や不整脈等の心疾患の診断が大幅に向上することが期待できます。さらには、特殊なシールドルームが不要でかつ被験者が動きながらの測定も原理的には可能であるため、リラックスした環境で、心臓をモニタできます。将来的には、心疾患になる前の予兆信号をとらえることができるようになれば予防医療へ、他にもスポーツ、ヘルスケアなど、さまざまな応用が期待できます。

本研究の成果は、2015年7月24日に、公益社団法人日本磁気学会第203回研究会「大型プロジェクトによる磁気・スピン新機能デバイス研究開発の最前線」において論文発表されます。

本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)における研究開発テーマ「スピン流を用いた新機能デバイス実現に向けた技術開発」(プログラムオフィサー:安藤功兒)の研究開発課題「トンネル磁気抵抗素子を用いた心磁図および脳磁図と核磁気共鳴像の室温同時測定装置の開発」(プロジェクトマネージャー:安藤康夫)の一環として実施されました。

また、研究の一部は「地域イノベーション戦略支援プログラム 知と医療機器創生宮城県エリア」による支援をうけています。

本研究における関わった研究者は以下の通りです。

東北大学大学院工学研究科 安藤康夫教授、大兼幹彦准教授、藤原耕輔研究員、東北大学大学院医学系研究科 中里信和教授、コニカミノルタ株式会社 城野純一、寺内孝

背景と経緯

高齢化社会において、心臓の疾患による死亡の割合は大きなウエイトを占めており、高精度な心疾患の治療、および疾患の早期発見による予防に対するニーズが非常に高まっています。心臓の非侵襲的な検査方法として、心電図が広く用いられています。しかし、心電図は心臓で発生した電流による電位差を体内組織による一種のフィルタを通して体表面全体で観測しているため、本質的に疾患部位を特定するために空間的精度は低いという問題がありました。一方、電気とは表裏一体のように思われる磁場は、電流源から直接、体内組織の影響をほとんど受けずに体表面に達するため、その空間分解能は本質的に非常に高いことが知られています。これにより、たとえば虚血性心疾患や不整脈等の心疾患の診断において、原因部位の特定が迅速かつ正確に行うことができ、手術時間の大幅短縮、治療精度の大幅向上などが期待できます。このような技術的な背景をもとにして、超伝導量子干渉素子(SQUID)注2を用いた心磁計が商品化されているものの、限られた一部の大病院および大学など研究目的の施設にしか導入されていません。その理由としては、SQUID本体そのもの、およびSQUIDを冷却するための液体ヘリウムの費用が高価であることが挙げられます。また、液体ヘリウム容器の形状が固定されていて患者の身体の個人差に対応できないこと、液体ヘリウム容器の壁の厚さが限界となってセンサを生体面に密着できないので心磁計の空間分解能は予想したほど向上できていないこと、などもその理由にあげられます。

本研究で開発した心磁計は、室温で作動する多数のトンネル磁気抵抗(TMR)注3素子を磁場センサとして用いるものです。このTMR素子のセンサ感度は現状ではSQUIDのそれには及ばないものの、個々のセンサは体表面に密着して計測可能であるため、感度の向上に併せて空間分解能をも格段に向上させることが期待できます。このようなことから、図1に示すようにTMR素子を鎧帷子状に配置して、胸部の皮膚に密着させて心磁図を計測することにより、信号源から放射状に発生した磁束をすべて拾い上げることができるため、信号源推定もより容易となります。本研究は実際に心磁計を試作することにより、その優位性を実証することを目的として行ってきました。

心磁計の開発はこれまでSQUIDで行われてきたのみでしたが、上記の理由から産業として大きなポジションを得ることはできませんでした。しかし、センサとしてTMR素子を用いると、コンパクトで、安価、常温で動作するなど、差別化されて競争力のある画期的な特徴を有するようになります。従って、これまで心磁場を用いた心疾患治療は、診療の現場ではほとんど使われてこなかったものが、TMR素子を用いた心磁計の開発により、いつでもどの病院でも心電図と同様に診断が可能となると予想できます。更に将来においては、モバイル化技術が進み、普段の生活の中で心臓をモニタしていることを意識することなく過ごすことができ、健康管理が容易となる、いわゆる 「さりげないセンシングと日常人間ドック」が実現することも夢ではないと期待しております。


図1 心磁場計測がSQUID(現行)からTMR素子(将来)へと変化することによる(a)計測スタイルの概念図。将来はモバイル化技術が進み、普段の生活の中で意識することなく健康管理が可能となる。(b) センシング方法の概念図。TMR素子は体表に密着することが可能となり、検出感度、空間分解能が向上する。

開発の内容

(1) 高感度TMR素子の開発

ヒトの心磁場レベルの計測が可能となるよう、TMR素子の磁場感度を向上させる材料探索・素子開発を行いました。ヒトの心臓から発生する心磁場の大きさは約100 pTと言われています。地磁気の大きさが数十μTとなるので、我々は地磁気の1/百万よりも小さい信号を計測する必要があります。TMR素子の磁気抵抗変化率(TMR比)はそのよい指標となります。すなわち、どのくらいの磁場がこの素子に作用するとどの程度素子の抵抗が変化するか、がセンサ感度の指標となります。今回、新しい材料を開発することにより、この指標を1000%/mTという値を達成しました。後段のアンプが100万倍の増幅率をもっているとすると、心磁場の観測に必要な100pTはこの素子では100%の磁気抵抗変化となって観測することが可能ということになります。これは従来のTMR素子の約1000倍に相当するものです。このように、TMR素子としては飛躍的に大きな抵抗変化率を達成し、心臓からの磁場を観測するのに十分大きな感度を実現しました。

(2) TMR素子のアレイ構造化によるノイズ低減

素子の出力が十分大きくても、それに比例してノイズが大きくなってしまうと、最終的に信号とノイズの比(S/N比)をかせぐことができなくなってしまいます。この素子のノイズを低減させるための素子材料、素子構成、および素子のアレイ化による構造の最適化、について検討を行いました。特に、素子をアレイ化するためには、同じ特性を持つ微細な素子を大量に作製する必要があります。今回、将来の実用化も見据えたうえで、3インチ基板上へのアレイ素子作製条件を確立し、基板内における素子抵抗、感度、ノイズレベルの分布を評価しました。図2に、3インチ基板上に作製したアレイ状素子の写真を示します。マスクパターン中の単素子部分の評価も行うことができ、100%に近い、高い歩留まりで、アレイ構造TMR素子が得ることに成功いたしました。


図2 センサ素子が多数刻まれた3インチ基板。

(3) 低ノイズ回路・センサモジュールの製作

TMR素子の微小磁場センサに関するパフォーマンスを最大限に発揮できるように、TMR素子の配置と信号処理回路の最適化を行った、センサモジュールを作製しました。図3は作製したモジュールを用いて心磁場を測定する様子を摸したデモです。人体のかわりに胸部に励磁コイルを埋め込んだマネキンを用いております。このコイルに流す電流が心電図に相当するものです。そのモニタ信号を青で示しています。センサモジュールはマネキンの体表から5 mmほど浮かせて配置してあります。このセンサが測定した磁気シグナルが心磁図に相当するものです。このモニタ信号を赤で示してあります。

このデモ機では、心磁波形がきれいに再現できるように、実際の心臓からの磁場の値よりも大きくしてあります。したがって、きれいな心磁場シグナルがとれる程度まで素子の感度を向上させることにより、本デモのようなリアルタイムの心磁波形を取り込むことができるようになります。


図3 製作した高感度磁場センサモジュール。(a)モジュール、計測系の全体図。マネキン上にセンサモジュールを配置し、モニタに電気信号(心電図)と磁場信号(心磁図)をリアルタイムで描かせる。(b)センサモジュールの内部回路。(c)モニタ画面の拡大。上段(赤)が心磁信号、下段(青)が心電信号。

図4は上記のモジュールを用いて、実際にヒトの胸部で心磁図を測定した結果です。市販の心電計を装着し、心電図を同時に測定しています。前出のデモと比較して磁場信号が弱いため、実際の信号を加算処理、フィルタ処理等を施しています。図に見るように心磁図特有のピークを観測することに今回世界で初めて成功いたしました。センサの位置、極性等によりピークの形状は予想したとおりに変化するため、確かに心磁図を観測していることを検証してきました。心電図と心磁図はそれぞれ電気と磁気という異なる物理量を測定しており、この違いを確認することで、今後の臨床的研究から疾患に関するさらに詳しい情報が得られることも期待されます。


図4 上記のモジュールを用いて、実際にヒトの胸部で心磁図を測定した結果。
市販の心電計を装着し、心電図を同時に測定しています。

今後の展望

TMR素子は磁場のダイナミックレンジがmTオーダーであり、生体からの磁場の強度(pTオーダー)と比較して桁違いに大きいのがSQUIDと比較して最大のメリットとなります。すなわち、生体信号のような低周波の信号に対して適当な帯域フィルタ等を装着すれば、環境磁気ノイズを電気的に取り去ることができるため、大がかりな設備としての磁気シールドルームを必要としなくなります。これは今までにはあり得なかった画期的な高感度磁場センサとなります。たとえば、センサをウェアラブルとすることにより、心磁計が設置されている場所に必ずしも体を固定しておく必要がなくなることから、運動時の生体磁場の高分解能測定、長時間の測定など、本センサの特徴を生かした画期的な計測方法が考えられます。他にも、不整脈の原因部位の診断精度の向上、長時間計測による不整脈波の検出率の向上、体型の大小にかかわらない密着計測、運動負荷時の心臓異常磁場の計測、空間解像度の向上による心筋内の電位分布の描出、狭心症・心筋梗塞の早期発見、健康診断、など、これまでの心電計、心磁計では不可能であった様々なことが可能となります。さらに、今回の成果を発展させて、今後、感度を更に約100倍向上させることができれば、脳からの磁場を同様な環境下で測定することも可能となります。これにより得られる情報の多彩さ、重要性ははかり知れないものがあります。今回開発された技術により、将来の私たちの生活を一変させる可能性があり、今後の研究の発展が大いに期待されます。

安藤功兒プログラムオフィサー(PO)コメント

本研究開発テーマでは、技術的には極めてハイリスクでありながらも、実現時の社会的・産業的インパクトが大きな新しいスピン流デバイスの実現を目指しています。今回の成果は、医学応用という従来のスピン流分野にはなかった発想に基づくもので、工学と医学、そして医療機器企業との密接な連携により初めて可能となったものです。TMR素子は不揮発性メモリMRAM用に開発されてきましたが、センサ応用にはいかに弱い磁場にも反応させるかという、従来と180度異なる技術開発が必要となります。TMR素子の医療用磁場センサとしての可能性を初めて実証した今回の成果は、本課題が最終的に目指す脳内活動の観測のための重要なマイルストーンでもあります。

用語解説

注1シールドルーム
微小な電磁的な測定をするために、電磁波を外部から遮蔽するように設計された部屋のこと。必要とする測定対象物により、シールドの性能が10dB程度から100dB以上まで様々なタイプのものが存在する。内部の雑音電磁場を減らすために、金属製の板、導電性材料などで部屋全体を覆い囲んであり、開口部のシールドも重要になる。

注2SQUID
超伝導量子干渉素子の略、Superconducting QUantum Interference Device)。超伝導リングにジョセフソン接合部を設けた、微小な磁場を測定する磁場センサ。fTオーダーの微小磁場も検出可能であるが、素子を超伝導状態に冷やす必要があり、液体ヘリウムが必須である。

注3トンネル磁気抵抗効果、トンネル磁気抵抗比
厚さ数nm(nmは10億分の1メートル)以下の非常に薄い絶縁体(あるいはトンネル障壁)を2枚の強磁性体の電極で挟んだ構造の素子を強磁性トンネル素子(MTJ)という。2枚の磁性層の磁化の方向が平行のときには、2枚の電極間の抵抗が小さくなり、反平行のときには抵抗が高くなる。この現象をトンネル磁気抵抗(TMR)効果という。室温TMR効果は1994年に東北大学の宮﨑照宣教授によって発見された効果である。これは後に高密度ハードディスクの読み出しヘッド、および高密度不揮発性磁気メモリへの実用化が進められた。なお、この抵抗の変化量を磁化が平行のときの抵抗値で割ったもの(変化の割合を表す)をトンネル磁気抵抗(TMR)比という。

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